9 バイト先に、ご新規さん

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9 バイト先に、ご新規さん

 学校を終え、バイト先へ。  着いて、チェックを入れ、髪をまとめ、エプロンを着けて。  ラファエルさんとアデルさんに声をかけてから、店内へ。 「(お、光海。今来たのかい?)」  馴染みの一人である、イギリス出身だというエマさんに、声をかけられた。 「(はい、そうです。いらっしゃいませ)」 「(光海、今、時間あるかい?)」 「(ちょっと待ってください)」  軽く店内を見回し、大丈夫だと確認して。 「(今は大丈夫です。なんですか?)」 「(ピアスをね、ナオミに頼まれてしまってね。日本な感じのものが良いって。何かアドバイスくれないかい?)」  ナオミさんは、エマさんの姪御さんだ。私より1歳上だったと記憶している。 「(そうですね……因みにエマさんは、どのようなものを考えてるんですか?)」 「(こういうのかな)」  と、見せてくれたのは、和風な装飾品を扱う店のもの。 「(どれも素敵に思えますね。私も好きなデザインです)」 「(そう?)」 「(はい。……それで、この中で特に日本らしい、と、なると……)」  目をつけたピアスを、指し示す。 「(私が選ぶなら、これ、と、これですかね)」  示したのは、風鈴型のピアスと、リュウキンが象られたピアス。 「(風鈴タイプは昔から日本にもありますし。金魚も日本の、これからの季節を表しますから。風鈴は音が鳴るので、そこはエマさんとナオミさんの好みですね。……どうですか?)」 「(へえ、ありがとう。あと、一ついいかい?)」 「(なんですか?)」 「(この金魚、色が5種類あるけど……どれが良いかな)」  展開されているカラーは、赤、黒、黄色、青、透明。 「(ポピュラーなのは、赤だと思います。それに赤は、お祝いの色でもありますし。ですけど、好みを優先して良いと思います)」 「(うん、ありがとう、光海)」  エマさんに笑顔を向けられ、「(いえ、こちらこそ)」と答えた。  と、カラン、と音がしたので、姿勢を正して顔を向ける。 「いらっしゃいませ」  居たのは三人。マリアちゃんと、どこかで見たことあるような、二人だ。 「あ、いつもの感じで大丈夫。で、三人、空いてるか?」  マリアちゃんに言われたので、 「分かった。空いてるよ。席どうする? 案内する?」 「いや、こっちで決める」 「分かった。お水持ってくるね」  厨房へ入り、三人来たことを知らせ、水を用意し、さて、どこへ……あそこね。  入口近くにある4人席のテーブルに、マリアちゃんたちは座っていた。 「おまたせしました」と、水を置いて。 「メニュー表はありますが、説明しますか?」  と、マリアちゃんが連れてきてくれた二人に声を掛ける。 「や、自分は大丈夫っす」  そう答えたのは、背中まであるピンク色の髪の毛の人。水色のオーバーオールを着ている。 「あ、ボクも、マリアから聞きます」  メニュー表をちらりと見ながらそう言ったのは、青が一筋入った黒髪をポニーテールにして、大きな金のリングピアスをしてる人。モダンな感じの白のブラウスと、ウエスト部分が幅広な、赤のスカートを履いている。 「かしこまりました。では、御用の際はお呼び下さい」  と、下がる。  二人連れの常連さんの会計をして、食器を片し、テーブル周りを綺麗にする。  その間にマリアちゃんたち三人は、店の内装やメニューについて話したり、仕事について話したり。モデルかインフルエンサー仲間かな、と見当をつける。 「光海、いい?」 「うん、ちょっと待って」  マリアちゃんに声をかけられ、テーブルの最終チェックに入っていた私はそれを終え、その席に向かう。 「なんでしょう?」 「メニュー決まったから、頼む」 「了解。それで、どれでしょう?」  エプロンから伝票メモとペンを取り出す。 「私はセットで、これとこれとこれ」  マリアちゃんが指さしたのは、じゃがいものガレットとキャロットラペ、ムース・オ・ショコラ。 「自分はこれで」  ピンクの髪の人が示したこれ、は、アッシ・ド・ブフ・パルマンティエ。野菜と挽き肉を炒めたものの上に、マッシュポテトで蓋をして、オーブンで焼く料理。 「ボクは、これで」  ポニテの人がこれで、と示したのは、そば粉のガレット。 「かしこまりました。お飲み物はいかがしますか?」  書き込み、聞く。 「いや、全員一旦いい」  マリアちゃんに言われたので、 「了解。では、少々お待ち下さい」  それらをラファエルさんたちに伝えるため、厨房へ。   ◇ 「すげぇな、ここ」  光海がキッチンに引っ込んでから、柳原(やなぎはら)ユキが楽しそうに、ピンクの髪を揺らしながら言う。 「もっと早く来れば良かった。てか、もっと早くに知りたかった」 「そう思ってくれるなら、連れてきた甲斐があった」 「ここ、よく来るんだよね? で、さっきの人が、学校の友達?」  アズサは聞きながら首を傾げる。ピアスが揺れた。 「そう」  柳原ユキはインフルエンサーで、アズサはモデルをしている。二人共マリアの仕事仲間であり友人で、2ヶ月ほど前に共通の知り合いになり、今では友人である。 「さっきの、会計の時の、何語?」  アズサが聞く。 「フランス語」  マリアは当たり前のように答える。 「はあ、流石? 頭良い高校行ってるだけあるな」  ユキが言うと、「ちょっと違う」とマリアは言った。 「ウチにも選択科目でフランス語はあるけど。光海があそこまで話せるようになったのは、ほぼ独学」 「マジか」 「マジ」  と、光海が戻ってきた。 「すいませーん」  ユキが光海へ、手を挙げる。 「はい。なんでしょう?」 「自分、マリアの友達で、柳原ユキって言います。インフルエンサーしてます。で」  光海がなにか言う前に、 「ここ、宣伝して良いですか?」  スマホを取り出し、そう言った。 「ああ、はい。そちらにありますが」  光海は、テーブル脇のポップを示し、 「撮影OKですし、SNSに出していただくのも、全然構いません。ただ、他のお客様もいらっしゃいますので、その辺りに気を配っていただけると、助かります」 「了解っす」  ユキが頷く。 「あとは何か、ありますか?」  光海が三人を見ながら聞く。 「あの、さっきマリアに聞いたんですけど。あ、ボク、アズサです。一応モデルしてます。で、その、みつみ、さん?」  首を傾げたアズサに、 「あ、私、成川光海と言います」 「成川さん。宣伝、良いなら、周りの知り合いにも話して良いですか?」 「はい、もちろんです。……ですけど」  光海は、少し後ろを振り返り、向き直り。 「料理ももうすぐ出来上がりそうなので、お二人には、その料理の味も、皆さんにお伝えいただけると、ありがたいです」 「あ、はい」 「もちろんっすよ!」 「ありがとうございます」  そこで、ラファエルが厨房から顔を出して、光海を呼んだ。 「呼ばれたので、失礼しますね」  光海は、ラファエルと共に料理を店内に運び、そこからは一人で全ての料理を持ち、マリアたちの席へ向かう。そして、これがこれ、と説明しながら置いていき、 「カトラリー類は、そのカゴにありますので。お箸も入っています。セルヴィエット──紙ナプキンは、そちらに。では、どうぞ、ごゆっくり」  光海が言い終えたすぐあとに、カラン、と音がした。光海は姿勢を正し、顔を向ける。  入ってきたのは、濃い金髪の男性。この店の常連の一人だった。 「(いらっしゃいませ、ヴァルターさん)」 「(やあ、光海、久しぶり。カウンター良いかな)」 「(はい。どうぞ)」 「(あと、いつものお願いするよ)」 「(かしこまりました)」  光海がキッチンに引っ込む。 「……今度は、何語?」  アズサが声を潜めて聞く。 「……ドイツ。でしたよね、ヴァルターさん」  ユキとアズサがギョッとする中、マリアはヴァルターへ声をかけた。 「ん? そうだよ」  ヴァルターがくるりと振り返り、マリアへ答える。 「私の母国はDeutschland。ドイツだよ。ご友人がたが驚いてるけど、大丈夫かな。敬語にしたほうが良いですか?」  と、そこに、光海が水を持ってきた。 「(おまたせしました。……何かありましたか?)」  光海はヴァルターと、マリアたちを交互に見る。 「や、二人が店の雰囲気に驚いただけ。ヴァルターさん、すみません」  マリアが軽く頭を下げる。 「いえ、気にしてませんから。光海も、大丈夫」  言われた光海は、「そうですか。では、御用の際は呼んで下さい」と、壁の隅に寄った。 「(光海、コーヒーくれない?)」  エマの言葉に「(はい。かしこまりました)」と光海が引っ込む。 「一応言っとくけど、英語な」 「それはなんとか分かる」  マリアの言葉に、また少し驚いていたユキが言い、アズサもこくこくと頷く。 「……けど、習ったのと、なんか、違う?」  アズサが小声で問いかける。 「あー……アズサがどこの英語を習ったかは、知らんけど。エマさんのはイギリス英語」  と、光海がヴァルターへ料理を持って出てきた。 「(どうぞ。ラタトゥイユです)」 「(ああ、ありがとう)」  そして光海は、エマの所へ。 「(コーヒーお持ちしました)」 「(ありがとね)」  光海を目で追いかけている二人に、 「食べないのか? あと、写真は? 冷めるけど」  写真を撮っているマリアが声をかけ、二人はハッとしたように動き出した。
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