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触らぬ禿に祟りなし
小学校のころ、禿たヤツがいた。
額は頭のてっぺんまでつるつる、後頭部にうっすら毛がありつつも真ん中が空洞のドーナツ型。
どうしてか、もみあげだけ毛量が多いという、禿の爺レベルでなく、もやは妖怪の域の珍妙な見た目で。
そりゃあ、無邪気でわんぱくな小学生男子は放っておかない。
「葉山」という名前だったからに「禿山!禿山!」と俺中心のグループがはやしたて、いつも笑いころげていた。
いじめに敏感な教師や「やめなさいよ!」と口うるさいお節介女子に、けちをつけさせないため「禿山」とはっきり発音せず「はーやま」と微妙な加減で呼ぶのがみそ。
俺らはずる賢かったから。
女子が躍起になって庇いたてる、裁判じみた学級委員会が開かれる、禿山こと葉山の親がでばってくる、なんて大事になるような、へまをせず。
グループ以外の人目がないところで「雑草が生えているぜ!」と髪を引っこぬいたり。
「いっそスキンヘッドにしろよ!髪を惜しがって、もみあげだけ伸ばしているとか、みっともなくて、だっせーんだよ!」ととことん罵ったり。
対して、葉山はまったく抵抗も反撃もせず、ひたすら卑屈な表情、物言い、ふるまいをして、へらへらしてばかり。
だから、俺らは、つけ上がったというより「云いかえさないから、いじめられるのだ」と正当化したうえに「それでも男か」と苛だって、えんりょなく八つ当たりをしたもので。
中学で葉山とはお別れ。
「いさぎよくスキンヘッドにしなければ、殴りかえさない禿山がわるい」と疑問も抱かず思いこんで、いじめつづけていたに、離れ離れになって、あらためて罪悪感を抱いたり、後悔することなく。
「お気にいりの、おもちゃがなくなって、つまらなーい!」という未練もなくて、禿山のことをきれいさっぱり忘れ、中学青春ライフをエンジョイ。
高校も志望していたところに合格できたし、入学してからも、いじめとは無縁に、勉強やテスト、友人との交流、彼女との交際、バイトと、なにもかも順調にこなして満足でいたのが、ある日のこと。
家のお風呂で、シャワーを浴びているとき、がしがしと頭をこすっていたら、抜けた。
側頭部の、ほぼすべての髪の毛が。
モミアゲだけ、のこして・・・。
「は!?」と仰天しつつ、すぐに頭から手を放したものを、どんどんシャワーに流されて、髪が滑り落ち、排水溝に飲みこまれていく。
シャワーを止めて、くもった鏡を拭い、見やると、そこには禿の爺どころでない、まぬけのような、おぞましいような禿げた妖怪が。
後退しすぎで、もやは後頭部に生え際。
後頭部の髪にしろ、すかすかで真ん中あたりは、つるりとしている。
そして、まえと変わらず、長いままのモミアゲ。
風呂をあがって、翌日から一週間、学校を休んだ。
医者に診てもらうも、原因不明で「時間をかけて治療法を探し、いろいろ試してみないことには」と歯切れがわるく。
半端な禿かただから、すべて剃ってしまおうかとも考えたが、どうしても踏んぎりがつかず。
だって、滑稽だろうとなんだろうと、一センチ以上あるのはモミアゲだけだから。
切るのがもったいないようだし、また同じように生えてくる保証はないし。
なんて未練たっぷりにモミアゲをのこして、カツラをつくりにいったら、プロのはずの相手に顔を真っ赤にし、ぷるぷるされたが・・・。
できるだけ、まえと同じ髪型のカツラをつくり、念入りにセットをし、しっかりと心の準備もし、一週間ぶりの学校に臨んだのが即ばれた。
病院とカツラのお店とで目撃されたから、らしい。
あっという間に学校中に知れわたったうえ、クラスに○ャイアン気質なヤツがいたのが運のつき。
○ャイアン軍団は人気のないところに俺をつれこんで、カツラをむしりとり、さんざん笑いものにして、写真を撮りまくり「拡散されたくなかったら、だせるだけ、だせよ」とたかってきて。
カツラは返してもらい、再装着したものを、教室では、みんな遠巻きにし、こそこそくすくす。
彼女からは「もう二度と近づかないで。元カノがわたしだって云いふらしたら『暴行された』って警察に訴えるから」とメールがきたし。
まえから馬が合わない教師は「ドンマイ」と鼻で笑うし、ほかの教師にしろ「若いから、あきらめるな」「だからって人生おわりじゃない」と傷口に塩を塗るように同情してくるし。
そりゃあ「うるさい!そんな目で見るな!俺は見世物じゃないんだぞ!」と怒鳴りつけたかったが、あまりに惨めで恥ずかしく、うつむいて縮こまるばかり。
○ャイアン軍団に「悔しかったら、いさぎよく禿になってみろ!」とモミアゲを引っぱられても「そんな、かんべんしてよ」と媚びるように笑うことしかできず。
親に相談したり、転校もできなかった。
俺の親は超スパルタ教育者だったから。
「平均点以下をとったら、家から追いだす!」とふだんから吠えているに、いじめについても「この負け犬が!」と唾を吐くだろう。
親にとってはさらに屈辱的な転校を許すはずがない。
学校を休むのも言語道断。
禿げたときは、さすがに心配してくれたとはいえ、理由もなく、いや熱があっても「皆勤賞をとれて当たり前だ!」と尻を叩くような親だし。
誰にも助けを求められず、逃げることもできず、禿に人権はないとばかり、迫害されつづける日日。
とうとう我慢の限界で「もう耐えられない・・・クラスメイトを殺して、俺も死ぬ」とバッグに包丁をいれ、登校しようとした、その日。
こんな日にかぎって、強風の大雨。
電車やバスが止まって、休校レベルの天候だったが、あいにく俺は徒歩通学だし「これしきで!」と親には玄関で突きとばされたし。
意地になって、役に立たない傘をさしつづけ、暴風雨のなか強行突破しようとしたところ。
屈強なラガーマンがタックルするように強風が吹きつけ、カツラがとれそうに。
傘を放って、包丁が入った鞄と頭を抱え、うずくまっていると「大丈夫ですか!」と腕を引っぱられた。
家のガレージに俺をつれこみ「怪我したのか?それとも具合がわるくなったの?」と顔を覗きこんだのは、まさかの禿山こと、葉山。
小学生のころから、ほとんど顔つきが変わってなく、すぐに分かったのだが、いや、ただ・・・。
黒黒と髪が生い茂っていて。
雨風にさらされ、濡れて乱れても、一面黒く艶やかで、カツラなどのまがい物には見えない。
今の今まで忘れていた、葉山と過去のイジメを思いだし、今更「今の俺、そのころの禿山みたいじゃん!」と痛感。
「おまえ・・・!」とつい頭を押さえる手を力ませたら、カツラがずるりと。
禿をさらしたのに、俺が息を飲んだ一方で、さすがは禿経験者(?)葉山はほぼ表情を変えず、反応もせず「いつになったら、外にでれるかな」とさりげなく視線を逸らす。
「見なかったことにするから、今のうちにカツラを直したらいい」とのメッセージなのだろう。
スマートな、この対処のしかたからして、おそらく俺のことを覚えていない。
「だったら、いっそ」とカツラを落としたまま「なあ、おまえ、どうやって髪を生やしたんだ!?」と藁にもすがる思いで泣きつく。
ふりむいた葉山は「あなたは、昔の俺を知っているのか」と目を丸くしつつ、しばし考えこうような間を置いて「じゃあ、とっておきのを教えてあげるよ」と顔を寄せて囁いた。
「昔、俺に『禿山』って命名したヤツに、悪魔と契約をして、呪いをかけたんだ。
あいつを禿させて、なくなった分の髪を、俺にくださいってね。
悪魔が云うには、俺の頭に十分、髪を生やすには三人いるっていうから腰巾着二人追加して。
禿げさせるのに時間がかかって、このごろ、ようやく、俺の髪が生えてきた。
あと、代償に片足をとられたけど、禿より障害者のほうが人権があるから、今のほうが幸せだ」
ズボンをまくりあげると義足が。
絶望的だった小学生の禿ちらかしからの奇跡の増毛ぶりに、義足を見せられては、からかわれているとは思えず。
腰巾着二人とは、ちょうど俺が禿げたころ、急に連絡が途絶え、音信不通のままだし・・・。
そりゃあ「おまえの呪いのせいで、俺の人生が!」と包丁で刺してやりたかったけど。
そうしたら俺の正体がばれて、相手は「ざまあみろ」と勝ち誇るだけ。
怒りもプライドも恥もへったくれもなく、どれだけでも代償をくれてやるとばかりとの勢いで「どうやって呪えるのか、教えてくれ!」と土下座したもので。
某ホラー映画のように、こうして禿の呪いは、ネズミ算式に伝染していくのかもしれない・・・。
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