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melody-9
たった一杯のビールは帰宅したら悪酔いしてきてそのままベッドに倒れ込んだ。
(一気飲みは……いかん)
先輩は私に何を話したかったのかな、そんなことをぼんやり考えてみたりもしたけれど今さらだ。何度か私に話しかけようとしていた先輩の言葉をことごとく遮り思い返しても感じが悪かったと思う。あんな態度を取っておいて考えてしまう自分にうんざりした。そして同時に思う。そんな事を言う人ではないとは思うけれど内心心配していた。
(取引……なくなるとかなったらどうしよう)
相手は取引していてかつ窓口になる人。本部から異動してきたというならそこそこ役職なのか。とんでもない人間がいるから企業の再検討をしようと言われたら進行している話はどれも水の泡だ。辞めて責任を取るどころではないし、取れるわけがない。
「はぁぁ……」
ため息ばかりが零れ落ちる。吐いたところでどうにもならないのに。
でもこれ以上は無理だ、一緒に仕事など出来そうにない。直接的な関わりがなくっても、そこに存在するというのがもう無理だ。
先輩を見るのが辛い。先輩に見られるのが辛い。
相変わらずのスタイルでスーツを綺麗に着こなしてエリート街道を順調に乗っている先輩、私には眩しすぎる。何も成長していない、歳だけ重ねた冴えない私を見られるのが堪らなかった。少しだけ小洒落た大人っぽい服を選んだって、凹凸のない貧相な体。高いヒールを履いたところでしれてる身長。髪型を変えてみてもメイクを意識してみても、どこか着飾られただけの私。
努力したあらゆるものがその幼い体に邪魔される。先輩だってきっと思ったはずだ。変わらないな、と。高校生の頃のまま、ただ制服を脱いだだけの私。きっとそう思ったに違いない。
「水……飲もう」
ふらつく足をなんとか立たせてキッチンまで行く。冷蔵庫にある浄水ポットを取り出してコップに注いだ。琥珀色のコップに水が注がれていく様をぼんやり見つめていた。ぼんやりしていたのは頭のせいだと思っていた。キッチンに雫がポタリと落ちた。水を注ぎ溢した……んじゃない。
「ひっ……」
泣きたくなんかない、泣くような事はなにも起きていないのに泣くな、そう思うのに……まるで湧いてくるように溢れ落ちた涙。
会いたくなかった、私は……先輩と会いたくなかったんだ。
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