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melody-4
私の視界に埋まるその人に思考が固まってしまった。
「――鷲見です、よろしくお願いします」
「――――た、けしたです……よ、よろよろしくお願いいたします」
恐ろしくどもりながら交換した名刺を見るまではまだ半信半疑。まさかな?そんな偶然が?頭の中でひたすらそんな言葉を繰り返していたが名刺に記された名前には心当たりがありすぎる。
まさかここでこんな再会をするなんて誰が想定できたのだろうか。それは相手もそんな感じだったけれども。
【鷲見壮亮】
名刺に記された名前を見つめながら私の頭の中は真っ白になっていた。その日の仕事内容も全く頭に入っていなかったことが吉岡さんと会社に戻る道中で確信する。
「感じの良さそうな人だったね、鷲見さん。これからはあの人を窓口にしてくれって」
「え!」
「本部からのビジネスアシスタントリーダーって言ってたよ?銀行の役職とかよくわかんないけど……聞いてなかった?」
(聞いていませんでした)
「忙しいらしいししょっちゅう打合せにはでないだろうから、進捗報告重要だね。それ竹下さんに任せていい?」
「え!」
「ダメ?」
首をぶんぶん横に振った。なんとか笑顔を添えて。
「ありがとう、任せるね!」
吉岡さんの柔らかい笑顔、引きつった私の笑顔とは大違いだ。なんてことだ、まさかこんな事態が起きようとは。
(こんなことならさっさと見合いで田舎に帰ってるんだった……)
頭の良い人だから地元に埋もれるとは思っていなかった。だからどこかで会うかもしれないなんて一ミリも思っていなかったわけじゃない。それでもこんな風に仕事で絡むとか想像できるだろうか?出会うなら飲み会で?紹介で?ドラマみたいに道でばったり?
(余計あるかーい)
会うわけないと思っていたんだ。会ったって思い出せるのは良い思い出じゃない。
(先輩だって……忘れたい女だよ、私なんか)
私にとっても忘れたい人だ、鷲見先輩は。
高校の時の憧れの先輩、地元が一緒だから知っていたのは中学の時から。中一の私は出会った当時中三の鷲見先輩に一目ぼれした。単純に見た目がどタイプ、どストライク、鼻血を噴くかと思ったがセーフ、すれ違った後腰は抜かしたけれど。
頭も良くて生徒会に入っていてみんなの人気者、弓道部で立ち姿も綺麗なうえにスタイル抜群。モテないわけがない。そんな先輩に憧れる女子は星の数、私もその星のひとつだ。告白なんか出来るわけがない、ただ影から見つめてひっそりため息をこぼす片思いに満足していた。
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