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melody-7
待ってる――あのセリフはずるい。来て、とか、来いなら無視してやろうとか思うのに、待ってるなんて言われたら胸が疼く。足が……結局指示された店に向いていた。
「おつかれ」
「……お疲れ様です。お世話になっております」
「なんだよそれ、お世話してないし」
「ただの挨拶です、マナーです」
ツンッとそっぽを向いて返したらフッと笑い声が落ちてきた。
「座って?なんか一緒に食お?」
カウンター席の椅子をひいて手で促される。ここまできて断る理由も見つからないしお腹もすいている。甘えて隣に腰を落とした。
「失礼します」
「何飲む?」
「鷲見せんぱっ、あっ」
先輩、と呼びかけて思わず手で口を塞いだ。気まずいながらも先輩の顔を見たら目が合って、鷲見先輩が真っ直ぐ見つめてくる。
「皐月……「ビールで!」
視線に耐えられないはそうだけど、単純に見ていられなくて一瞬で反らして声を荒げた。心臓の動きが尋常じゃない。胸がもうバクバクしている。焦りや緊張の動きだ、静かな場所ならきっとこの音は聞こえているんじゃないか、それくらい激しい音が体内に響き渡っている。注文で先輩の言葉を遮った私を気遣いながらも先輩がビールをオーダーしてくれてしばしの沈黙。――気まずい。
「……元気だった?」
先輩の声が優しい。私は返事はせずにこくりと静かに頷いた。
「びっくりしたよ、皐月に会うとか思わなかったから」
私だってそうだ。
「何年になるっけ……俺、今年いくつになるっけな……」
そんなことをフッと笑いながらこぼしている。あいかわらず整った顔は横顔だって絵になりすぎる。チラッと盗み見しつつ何年になるかな……私も記憶の蓋を開けようとしてしまう。
もう――十三年だ。
高校生、十六歳の私はそれくらい過去の話。先輩との思い出はそれくらい時間を遡る昔の話だ。
「異動辞令も急な話でさ。やることいっぱいあってバタバタして今になってんだけど……「確認したい事ってなんですか?」
私はまた先輩の言葉を遮る。
「……確認したい事なんかない。口実だよ、ただの」
「は?」
「普通に呼んで来ないだろ?皐月の連絡先だって聞けないし……」
「公私混同はやめてください。鷲見さんは大事な取引先のしかも権限もある方です。下っ端の私に……私なんかに意見なんかないんです、こんなやり方はやめてください」
今はもう仕事として新しい関係を作ろうとしている。昔の馴れ合いや関係を引き合いにするのはおかしいし、やめるべきだ。そんな関係でもない、もう……先輩後輩の関係じゃないんだ。いやあの頃だって同じだったのか。先輩に呼ばれて、先輩に言われて私はなんでも頷いていた。
「嫌でも嫌なんか言えないんです!」
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