melody-8

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 あの頃に嫌なんか一度だってなかった。むしろ呼ばれたらそれを望むように喜んで先輩に付いて行っていたくらい。 「嫌だったわけ?じゃあなんで来たんだよ」 「呼んだのは先輩でしょお?!」 「無視すりゃいいじゃん、無視しろよ」 「待ってるとか言うからじゃん!」 「待つに決まってんだろ!話したいんだから!」 「私は話すことなんかありません!」 「……し、失礼しまぁす……ビール、で~す……」  店員さんがとても気まずそうにビールを持ってきて会話が途切れてしまった。 「……ごめん、権利使って呼び出して」  先輩が苦虫を潰したような顔をして謝ってくる。そうだよ?先輩が無茶苦茶なことをしてきたんだ、そう強気な気持ちでいたいのに……胸がキュッと締め付けられる。先輩のそんな落ち込んだ顔は見たくない、責めたいわけじゃないんだ。 「どうしても……皐月と話がしたくて……ごめん」  だから、謝らないで。そんな謝り方……しないで。 「でも、来てくれて嬉しい。ありがとう」  先輩のこういうところが好きだった。優しくて、素直にお礼とか言えちゃうところ。相手が年下でも偉そうにしないしいつでも誠実だった。そんなところは今でも当たり前に変わらないんだな、そんなことを思いながら運ばれてきたビールを見つめていた。  変わらない先輩が余計に切ない。もっと変わってくれてたらいいのに、そんな人と思ってなかった、それくらい嫌な思いをさせて嫌わせてくれたらいいのに。  炭酸の泡がシュワシュワと浮いてグラスを伝う雫にソッと指先で触れた。冷たくて濡れた指先。自分の手が熱いのがわかる、いつもよりずっと体温が高い。 「仕事の話では……ないんですか?」 「違う」 「……これ頂いたら帰ります」 「皐月……」 「仕事の話ではないならなおさらです。私は話すことはありませんし、話したい気持ちも……ありません」  だめだ、言葉が止まらない。自分でも言うなと警笛が鳴っているのに。 「すみません、やっぱり無理です」 「え?」 「鷲見先輩と仕事するとか……無理です、すみません」  言葉が喉元から溢れてきてとてもじゃないがビールなんか飲んでられない、液体さえ喉を通りそうにない。カラカラなのに。 「キリの良いところまでしてきちんと引継ぎもします。吉岡さんには迷惑かけちゃうけど……無理」 「俺が理由で?俺を理由に仕事途中で放り出すの?」 「辞めます」 「え」 「仕事辞めて地元に帰ります、帰ってお見合いします。そうしようと思ってたんでいいタイミングです、良かったです」 「待て、なに?待ってよ、辞めるってなに?仕事辞めんの?地元帰るって、お見合いってなに?!」  ――ごくごくごくっ! 「っはあ!ごちそうさまでした!」  こんな風に煽るようにビールを飲んだのは初めて。喉が渇いているとこんなに美味しいのか、知らなかった。 「皐月!」 「竹下です!名前で呼ぶのはやめて下さい!あと、私用で呼び出すのももうやめて下さい!必要があれば社用アドレスメール、そして吉岡さんにも転送して周知できる内容にして下さい!」  潤った喉から放たれる言葉たちは先輩に話す隙を与えず、私は荷物を手にしてその場を立った。 「ビール、ごちそうさまでした!失礼します!」  何も言えない先輩を置いて私はそのまま店を飛び出した。
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