初恋、引き受けます!【改稿】

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8  俺は風呂から戻ってくると、やや緊張して座敷に入った。  雪平さんは布団に入りうつ伏せになっており、静かだ。枕に顔面を押し付けたようなポーズで動かない。  寝支度を整えながら少し荷物整理をしたあと、立ち上がり部屋中央にある電気の紐を引っ張ろうとした。そのとき隣から、 「好きな子いるの?」  そう訊かれた。  雪平さんはいつのまにか仰向けになっており、微笑んで俺を見上げていた。 「ノエは好きな子いる?」 「いません」 「彼女いる?」 「いませんって」 「電気消さないで。ちょっと話そうよ」  俺は戸惑ったものの断る理由も見つからなくて、すごすごと自分の布団へ横になる。仰向けになってスマホをいじるふりをした。 「電気は雪平さんが消してくださいね。俺もう起き上がりたくないんで」 「ノエんちって、ここから遠い?」 「原付きで……、土間に置いてある原付き俺のです。それで四十分ぐらいです。車だと三十分」 「三十分? 結構遠いんだな」 「まあまあ」 「どんな家?」 「普通の家です」 「もうちょっと説明しろよなぁ!」  そう言いながら雪平さんは笑っていた。やっぱりテンションがおかしい。 「……酒、飲んだんですか?」 「ううん。明日もあるし、やめといた。今日と同じパフォーマンス出したいから」  明日も、昼過ぎに到着する客が一組いる。 「なあなあ、ノエ」  気づいた時には、雪平さんが俺の布団の真横にいて俺を覗き込むようにしている。  微笑んだ雪平さんと目が合う。嫌な予感がして身構えた瞬間。  彼は布団の中に手を突っ込んできた。腹をくすぐられている。俺は腰を引き、慌てて飛び起きて抵抗した。 「っ……!! やめてください!」  雪平さんは手を止め、笑顔で俺を眺めている。 「やっぱり、くすぐられるの弱いんだな。そんな気がした。さっき抱きついた時ビクビクしてたから」 「はぁ?!」 「好きな子いないの? 大学で」 「工学部なんっ、で、っ……」  雪平さんは、揉み合いのすえ俺の腰にまたがっていた。俺は雪平さんの手が動かないようにと、握って抑えている。なんだこの体勢。 「退いてください」 「工学部って……、ああ男ばっかりってこと? じゃあ出会いがないんです〜って言えばセッティングしやすそう」 「そういう感じでもないです。俺を突っついても何も出てきませんよ」 「ふーん……」  明らかに残念そうな顔をした雪平さん。そのまま前方、俺の胸に倒れ込んできた。驚きすぎて言葉も出なかった。 「なあ……。手、離して。少し痛くなってきた」 「……嫌です、くすぐるんでしょう」 「くすぐらない」 「信用できないんで」  唐突に、肘の内側に湿り気があり、何かと思えば噛みつかれていた。あまりのことに俺は、雪平さんを拘束の手を緩める。  雪平さんはまた俺の腹をくすぐろうとしたが、本気で睨みつけると、興味を失ったように俺の横へと寝転がった。 「雪平さん……。お酒飲んだでしょう」 「飲んでない」 「どっちでもいいですけど、人に迷惑かけないでください」 「俺、迷惑?」 「迷惑以外の何ものでもーーーー」  そう言いかけて俺は気づいた。迷惑だなんて感じてない。驚かされて悔しいし、ペースを乱されてる。恥ずかしい。  でも、雪平さんからの行為を嫌だなんて思っていない。迷惑だとも。 (俺…………)  雪平さんは微笑んで、じっと俺を見ていた。からかいではなく何か大切な、柔らかいものでも眺めるような視線だった。 「ゆ……雪平さん、前はどういう仕事してたんですか?」 「商品売ってたよ。ハンドクリームとか、シャンプー、石鹸とか。そういうケア用品の会社でさ」  雪平さんからする良い香りはそのせいか。日常的に気を配っているのかも。 「へえ。そういう会社なら、女の人ばっかりなんじゃないですか。モテたでしょ」 「もう大変だったよ。みんなが俺を取り合ってケンカになって」 「……恋人はいるんですか、じゃあ」 「ううん。俺が誰かのものになったら皆に悪いだろ」 「はぁ、そうですね」  この言い方からして、そんなにモテてなかった……のかも。社内恋愛は別れたときが大変だっていうし。 「でも、特別に君の恋人になってあげようか。工学部くん」  俺は思わず、顔を倒して隣を見た。雪平さんは俺をまっすぐ見ていた。 「命の恩人だし、将来有望そうだもんな」 「は…………」 「賢そうな顔」  雪平さんは俺の顎に触った。  指先で軽く。気まずくて俺は目を伏せた。 「恋人……、って。俺は男ですよ」 「俺、男のほうが好きだから」 「え……」 「前に付き合ったのも男だったよ」 「は……」 「意外だった? 俺も、普段はこんな短期間で人に言わないんだけど……、ノエには言っても平気な気がしたから」  雪平さんは微笑んでいた。 「な? やっぱり大丈夫だった」  顎に触れていた雪平さんの手は、肌を伝って、俺の頬に触れた。手のひらが俺の頬を覆う。こんなことされたの初めてだったが嫌じゃなかった。むしろもっと、何かーーーー。 「……やわらかい」  それを言う雪平さんに、俺も触ってみたかった。中途半端に額に落ちている前髪。目元。  いや触りたいなんて、変か……。  だって雪平さんは男なんだし。  着物で化粧をした顔なんか見たから、こんなふうに思うのかもしれない。もちろん、もとから整った顔の人だ思ってた。化粧してなくたって綺麗だ。  雪平さんは、男が好きだから俺に触ってるんだろうけど、俺は違う。  初恋は女子だった。短期間だったけど付き合った。  あれって恋だったのかな。  恋ってもっと、刺激的でドラマみたいなものだと思ってた。  自分がコントロールできなくなるくらいに強い感情。  そう、俺がいま雪平さんに感じているような。
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