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月曜午前。
お客さんを見送り、片付けをすると菊代子さんは車で元気に去っていった。また木曜に食品を買い込んで戻ってくる予定だ。
雪平さんと二人でいられることに、俺は正直浮かれてた。
雪平さんといると楽しかった。
大学の友達とは違う。受け答えが違う、考えが違う。
やる気がでるというか、彼といると挑戦的で開放的な気持ちになった。
もっと彼を知りたいと思うけれど、雪平さんはなかなか自分のことを話さない。
就寝時には何か期待した。
俺自身も具体的にはよくわからないが、ふざけて隣で寝てくれるだけで嬉しかった。
火曜の午後。
一緒に近くの沢まで行って、水遊びをした。
はしゃぐ雪平さんを見ながら、俺は唐突に自覚した。
友情の枠を超えて、雪平さんのことが好きだったんだと。憧れでもない、独占したい。
雪平さんにも俺と同じくらい、俺のことを気にかけてほしい。ここでの手伝いが終わって、会えなくなるなんて嫌だ。
はっきりそう自覚してしまうと、もう黙っていられなかった。その夜、お客さんが残していった花火をやろうと雪平さんを誘った。
男を好きになるなんて自分でも予定外だし、自信も経験もない。だけど、ただ漠然と正しいと感じてた。彼と特別な関係を築いて、これからも会い続けたい。どうしても、そうしたかった。
夕食は簡単にすませ、俺たちは縁側に移動した。風が吹いていたから夕立になるかとが思ったが、ちょっとパラついたくらいで済んだ。
水を入れたバケツ、それから着火用ライターとキャンプ用の缶入り種火セットを用意する。
宿泊客が残していったのはどれも小さな手持ち花火だった。火薬のにおい。雨上がりの土の匂い。
薄暗いなか、眩しく散る火花を見つめていた。雪平さんは、昼にはしゃぎ疲れてしまったのか静かだった。俺は並んで火種を囲んだ。
雪平さんは無言で花火の先を眺めている。
「なあ、花火って好き?」
そう訊かれて、俺は答える。
「え……? 好きです」
「そっか。俺も好きだけど、あんまりやる機会なかったんだよぁ」
「子供の時とか?」
「うち、遊びに厳しかったからさ。花火なんて火遊びと同じだし、危ないって……。あんまりその記憶もなくて」
「そうですか……。雪平さん、出身はどこなんですか?」
「関東」
「関東の?」
「東京」
「の……?」
「教えないっ」
雪平さんが笑って俺を見た。本気で、どんな顔をしていたらいいかわからなかった。なぜか強烈に羞恥心がわいた。暗くてよかった。
「そんな……別にそこまで興味ありませんけど」
「そうそう、俺がどこの出身だっていいじゃん」
これはーーーー。もしかして、言いたくないんだ。
「あの……、休みの日はなにしてるんですか?」
「休みの日?」
「勤めてた頃の、休みの日は」
「なにって、とくに何も。買い物とか映画とか? 俺決まった趣味とかない。ノエは?」
「えっ。ああ……、俺も別に……。これといって」
「なにこれ。つまんない会話」
そういって雪平さんは笑う。燃え尽きた花火の棒をバケツに入れると、次の花火の先を、種火に近づける。
花火は音を立て、光りはじめた。
「ノエはなんで今更、お見合いみたいなこと訊いてくるの」
「一週間は一緒にいるのに、雪平さんのことあんまり知らないなって思って……。それで訊いてみただけです」
「そりゃあそうだよ。わざと話してないもん」
俺は目を見開いた。
「わざとって」
「過去なんてどうでもいいよ。俺、遭難したときに一度死んだから……、あとは余生好きなように生きるんだ」
雪平さんはドラマみたいな台詞を淡々と口にする。
「……前は、好きに生きてなかったんですか?」
「どうかな。でも……、我慢してたことは多かった」
「そうですか」
意外だった。
俺と出会ってからの雪平さんは、ちょっと横暴さを感じるくらいに好き放題だったから。
雪平さんは微笑んでいる。
「全部顔に出てるノエを見てると……、俺もそんなふうに生きたいなって、思うよ」
「顔……、出てますか?」
「うん、わかりやすいよね。嫌そうとか、疲れてるとか、話したいとか。すぐわかる。俺を好きなことも」
もう、観念しようと思った。
花火が一通り終わって、縁側で麦茶を飲んでいるとき俺は思い切って口にした。
「俺、雪平さんのこと好きです」
「ふふ、そうだろう。知ってるよ」
「本気で好きです、俺と付き合ってください」
「ん……?」
「恋してるんだと思います、俺。こんな気持ちになったの初めてです」
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