3/3

18人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
24年の人生で聞いたこともない単語だ。 怪訝そうな聖菜に、晴知がため息をつきながら解説する。 「はぁ、知らないというのは罪ですね。 ヒダル神というのは、妖怪の一種です。 取り憑かれると突然激しい飢餓に見舞われ、疲労と手足の痺れから体の自由を奪われる。 最後は動けなくなり、取り殺される。 そんな憑き物です」 確かに、嶋根先輩の状況と似ている。 「でも妖怪が取り憑いたなんて非科学的です。 科学的原因があるはず、例えば心臓発作で急に」 「違う」 晴知が鋭く言葉を遮り反論する。 そして早口で捲し立て始めた。 「非科学的ではない、妖怪はいるのだ。 常に世の中に結果があり、それに原因付けをした当時の人間の知恵が妖怪だ。 本来現象が先立つ以上、科学と民俗学で名前が違うだけで、存在する。 僕は両方を識る以上、妖怪を祓うものでもあり、人を治すものでもある。 それだけです」 不思議と説得力のある言葉に気圧された。 そこまで言われると、ヒダル神の存在を信じるしかない。 「では本当にヒダル神が先輩を取り殺した、と」 「状況を聞く限り。本当はもっと別の妖怪かもしれないですけどね。 さ、本題の取材をしましょう」 はい、と短く返答してバッグの中身を漁りペンを探す。 その時石神はクン、と鼻を鳴らし少しだけ不快な顔をした……ように見えた。 一方、聖菜は初っ端から異常に興味を惹く話が飛び出したことで、興奮していた。 実際に話の内容はとても興味深いものだった。 患者の腹痛が、実は認知症の家族に腐ったものを食わされていた事件の解明。 通院患者が、多重人格の連続放火魔だったことを解決した話。 少しの事情から、とてつもない情報を正確に弾き出す。 その様子は安楽椅子探偵そのものであった。 「ありがとうございました、素晴らしいエピソードの数々。これは良い記事になりそうです」 「それはどうも、追加の質問はこの電話へ。 あと一言お節介かもしれませんが」 帰りがけ、連絡先を頂いた時に一言呼び止められた。 そして目を合わせず、ぽつりと言葉が発された。 「"つかれ"には気をつけてください」 その言葉は、今の聖菜には見当もつかなかった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加