月夜の晩、神様に出会う

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柔らかな風はいつしか冷たい風に変わっていた。 吹き抜けていく空気がぶるりと身震いさせる。 「冷えてきたな。そろそろ下りるか」 月読様は軽々と私を抱えると、羽根のように静かに地面へ足を着く。 冷たい風が境内の木々をザワザワと揺らした。 「遠くに雨の気配がする。明日は雨だな」 「えっ、雨ですか? 明日は結婚式があるのに」 「アオイの結婚式か?」 「いいえ。この丘の先に結婚式場があるの知っていますか? 私は花屋として明日の結婚式のために装花のコーディネートをしてきたんです。だから、晴れて欲しいなぁって思って」 「アオイは花屋であったか」 「はい。いつでもお花のご注文承りますよ。月読様が枯らしてしまったお花の育て方なんかもアドバイスできるかもしれません」 「そうか、ふむ……」 月読様は顎を撫でながら何かを考えるように黙る。 つと視線が上がり、そして躊躇いがちに口が開いた。 「ひとつ聞きたいのだが。喜与はこの花だけは枯らすなと言った。お主はどういう意味だと思う?」 「この花?」 月読様の視線を辿れば参道の脇にたくさんの黄色く丸みを帯びた小さな花、ハハコグサが風に揺れている。ハハコグサには別名もあり、ゴギョウという名で春の七草として知られている草花だ。 「ハハコグサですね」 「ハハコグサと言うのか。何か特別な花だろうか?」 「いいえ、特別ではなく普通に道端に咲く越冬草ですけど――あっ」 私は思わず口元を押さえる。 ドキンドキンと鼓動が速くなる。 「どうした?」 「あ、えっと……」 月読様とキヨさんが過ごした時代が相当古いものだとわかっているし、その時代に花言葉はなかったと思うのに、それでもこれはキヨさんから月読様へのメッセージなんじゃないかと思わずにはいられない。 「月読様はハハコグサに込められた意味を知っていますか?」 「いや、知らぬ」 「ハハコグサの花言葉は、“いつも想う”“忘れない”ですよ。きっとそれが答えなんじゃないかなー……」 瞬間、風が止み、月が霞み、夜空の星がまるで金平糖でも降ってくるかのようにキラキラと瞬いた気がした。こぼれ落ちそうなほどに美しい星空は私の目をくぎ付けにする。 「……私はずっと一人だと思っていたが、そうではなかったのだな」 ポツリと呟いた月読様の幽艶な姿は、息をのむほどに美しく夜に溶け込む。 夜を統べる神様の偉大な力を垣間見た気がした。
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