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「おーい、朝倉? 大丈夫か?」
突然近くで名前を呼ばれてハッとする。左隣のデスクから同期の藤井くんが、太い眉毛をハの字に曲げて私を見つめていた。
そういえば、今は仕事のお昼休憩だったっけ。会社にいることすらほとんど忘れていた。
私は笑顔を取り繕い答える。
「大丈夫って、何が?」
「いや、明らかに『もう無理しんど〜』って顔してたじゃん。どったの? 何か嫌なことあった?」
藤井くんの腕が私のデスクに乗り出してくる。毛深い腕だ。彗くんと正反対のその男らしい見た目は異性としては私の好みからだいぶ外れているが、同僚としては一番気の置けない大切な存在だ。
「別に、ちょっと寝不足で疲れてるだけ。ありがとう」
私はもう一度笑顔を作り直した。
そう、大切であるからこそ、本当のことは言えなかった。だってこんな黒い感情を持っているって知られたら、嫌われてしまうかもしれない。会社での私はいつも清廉潔白かつ天真爛漫な自分を演じている。
「ふーん……まぁ、言いたくないならいいよ」
藤井くんは不満げな顔をしつつ、それでも大人しく引き下がってくれた。こういうさっぱりしたところも好感の持てる点だ。
それに比べて私は、いつまでも昔のことを引きずって……
その後。嫌な自分をほんの一瞬でも忘れたくて、私はいつも以上に仕事に邁進した。ミスが多すぎて、もはや居ない方がマシな有様だったけれど。
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