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/  気付けば知らない場所にいた。  日が沈みたてぐらいの、まだ若干青を残しつつもだいぶ黒く染まった空。星は一つもない。裸足の足元からはやけに冷たい砂の感触が伝わってきて、少し先では黒い水が寄せては返してを繰り返している。潮の匂いがすることからして、どうやら海のようだ。  なんでこんなところに? もうさっき布団に入って、最悪な一日には幕を下ろしたはずだ。 「おいおい、どーした? 暗い顔して」  突然背後から声がする。振り返ると、真っ黒なローブに全身を包んだ人物が立っていた。この薄暗い空間の中、彼のシルエットだけがなぜかぼんやりと浮き上がっている。  ちなみに顔はフードを被っているせいで全く見えない。暗い顔はどっちだ。 「別に。というかあなた誰? そんな真っ黒な服着て、擬態でもしてるの? カメレオン的な? 面白いね」  私は軽い調子で男に話しかけた。知らない場所に怪しい格好。それでもなぜか、この男に対して警戒心があまり湧かなかった。 「君はいつもそうだな。本当は辛くて泣きつきたいくせに、明るいフリで強がって」  一方、男は私の質問を無視して言った。その声からは苛立ちが見て取れる。 「俺は君のそういうところが嫌いなんだ」  今度ははっきりとした言葉で、彼は明るい私を否定した。  私は直感した。これはきっと夢だ。そして彼は、私の黒い感情を具現化した姿。闇夜に紛れ、私の心を飲み込みに来たに違いない。  分かった途端、急に警戒心が芽生えた。絶対に弱みを見せてはダメだ。 「強がりじゃないよ。彗くんが幸せになるならそれでいいって思ってるもん」 「彗くん? あぁ、水沢彗のことか。そういえば君は水沢が好きだったな。それでショックを受けたと」  男の態度に私は強い怒りを覚えた。お前はのくせに、白々しい。 「違うよ、分かってるでしょ。相手が瑠奈だったから私は嫌だって思ったの。中学の時あんなにいじめられたのに、忘れたの?」 「……ほう」    男が意味深に呟く。私はしまったと思った。これでは、自分で強がっていたことを認めたようなものだ。 「で、でも彗くんが幸せで嬉しいのは本当なの」 「相手が黒江瑠奈でもか?」 「そうだよ。彼女だって大人になったんだもの。今は真面目に働いて、たくさんの人を笑顔にしてるんだし」 「君は? 笑顔にしてもらえたのか?」  私は言葉に詰まった。  瑠奈に笑顔をもらうなんてそんなこと、あるはずがない。たとえどんなに面白い動画が上がっていたとしても、私が彼女で笑うことはこの先一度だってないだろう。  結局のところ、いつまでも昔の恨みを忘れられない狭量な女なのだ。私は。 「彼女のことが憎いんだろう?」  核心をついた男の言葉に心の堤防は容易く決壊した。
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