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/  私はまた黒い場所に立ち尽くしていた。波の音と潮の香りからあの海岸だろうということだけはなんとなく予想がつくものの、今は目を凝らしても何も見えない。昨日以上に黒に侵食された、私の精神世界。  暗闇の中、私はあてどなく彷徨い歩いた。辛い。苦しい。早くこんな場所から逃げ出したい。だけど歩いても歩いても景色が変わることはなかった。  右も左も、上も下も、全てが真っ黒。方向も、時間の感覚さえも分からない。ただただ冷たい砂の感触が、一歩踏み出すごとに私の心までをも冷やしてゆく。  どれぐらいそうしていただろう。突然、何かが目の前の地面からにょっきりと生えてきた。真っ暗な空間の中でも輪郭が浮き出ている黒い人型のそれを、私は一瞬黒い感情の私かと思った。  だけど違った。その黒い何かはローブを着ていない。どころか、人間かも怪しい見た目だ。目や鼻がなく、唯一あるのは、耳元までパックリと開いた大きな口。化け物だ。それも何体も。化け物のうち一体が、壊れたおもちゃのようなカクカクした動作で私ににじり寄る。 「やめて、来ないで」  震える唇で呟くが、化け物はきぃぃという不気味な金切り声を上げ、こちらに向かって突進してきた。恐怖のあまり目を瞑る。 「伏せろ!」  瞬間、野太い声とともに化け物の絶叫が耳に届いた。思わず目を開けると、今にも私に飛びかかろうとしていた化け物が縦に真っ二つに裂かれ、泡のように弾けて消えるところだった。  消えた化け物の背後から、大剣を振り下ろした体勢の黒ローブが現れる。 「あ、あなたは、昨日の……助けてくれたの?」 「そんなこと今はどうでもいい! 逃げるぞ!」  ヒーローのように颯爽と登場した男に手を引かれ、走り出す。逃走中何体もの化け物が襲ってきたが、そのたびに男は私を庇って大剣を左右交互に振り乱す。  その必死の姿は、とても私に仇なす存在とは思えなくて。 「ねぇ、あなた、私の中の黒い感情じゃないの?」 「俺が黒い感情!? 一体なんの話だ! 今忙しいから、くだらない話は後にしてくれ!」  焦ったような男の声に私は黙るしかない……今更ながら、その声にはどこか聞き覚えがある気がした。  昨日たくさん話したせい? いや、たぶん、それよりもっと前から……
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