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「俳優・水沢彗、大人気YouTuber黒江瑠奈と熱愛発覚!」  仕事のお昼休憩、息抜きにネットサーフィンをしていた私はその信じがたい文字列を見た瞬間、茫然自失となった。ひとりでに手が震え「は」と情けない声が漏れる。うぃんうぃんとよく働くコピー機のおかげでその声を誰にも聞かれなかったであろうことだけが、唯一の幸いだった。  水沢彗は私が今一番推している芸能人だ。中性的な顔立ちと小動物のような可愛い仕草でお茶の間を魅了する、押しも押されもせぬトップ俳優である。  彗くんの熱愛。確かに驚きはしたが、推しはあくまで推しで恋愛対象ではない(そもそも住む世界が違うから烏滸がましい)から、いつでも受け止める準備は出来ていた。  つまりショックの主要因は彗くんの方ではない。  黒江瑠奈。中学時代、私をいじめていた首謀者だ。  瑠奈は当時、その美貌で学園の女王として君臨していた。男子は皆彼女にかしずく(しもべ)と化し、女子は彼女の一挙手一投足に常に怯えながら過ごしていた。  そんな中、瑠奈に最も目を付けられたのが私だ。何が彼女の気に触ったのかは分からないが、日常的に陰湿な嫌がらせが繰り返された。  もちろん相手は瑠奈一人じゃない。男子も、瑠奈に嫌われたくない他の女子も、彼女の手足となってあくせく私の心を痛めつけた。  仕舞いには私は不登校になった。高校は自宅から離れたところに通うことでなんとか復帰し、今ではこうして働くこともできているが、中学時代に受けた心の傷が消えたわけじゃない。  傷は日常のふとした瞬間、フラッシュバックとなって私を襲う。  例えば消しゴムを使う時。授業中に消しカスを投げる的当てゲームの的にされたことを思い出し、どうしても気分が悪くなる。だから私は消しゴムを使わず、いつも修正ペンが手放せない。  他にも、会議室の椅子が一人分足りなかった時。  ラッシュ時の交差点で、誰かの肩と肩がぶつかった時。  コンビニのコッペパンが目に入った時。  ありとあらゆる出来事が突然鋭利な刃物へと変貌し、針のむしろのように私の心を刺し続ける。  約二年前、瑠奈の動画が大バズりし、初めて彼女がYouTuberとして活動していることを知った時。私の心にはむごたらしいほどの黒い感情が押し寄せた。  あの女は今でも自分の美しさを鼻にかけ、好きなゲームをやったり中身のないおしゃべりするだけで、大金を稼いでのうのうと暮らしている。いや、きっとそれだけ人気になれる世界ではないと頭では分かっていたけれど、心が認めるのを拒んでいた。許せない。私なんて、薄給なうえ楽しくもない仕事に日々くたびれ果てているのに、と。  私は手当たり次第瑠奈の動画を開いては低評価ボタンを押した。悪口コメントも少し、書いた。それで一時は溜飲が下がったものの、すぐに死にたくなるほどの虚しさがやってきた。  こんなことをしても瑠奈は少しも痛くない。ただ私の醜さが顕になっただけ。  それから私はできるだけ瑠奈に関わる情報を避けてきた。惨めで醜い自分をこれ以上見たくなかったから。  だけど今日、全国トップニュースとして再び彼女は私の前に現れた。しかもそれが推しとの熱愛スクープ。  私の心はまた真っ黒に塗り込められてゆく……
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