黒曜石の肺

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石神(いしがみ)さんっ。ここに居たんですかっ」 その声に振り返ると。ハァハァと息を切らしながら、近寄って来たのは営業マンと見間違うほどの人物。青いスーツがしっくりと馴染んでいる、巡査長の青島だった。 明るいカラーの青島の存在は、この曇天や灰色一面の駐車場ではなんだか。浮いて居るように見え。周囲の風景が余計に白黒染みた。 こんなところで油を売ってないで、帰れと思い。口を開こうとしたら、先に青島の方が口を開く。 「石神さんっ。刑事、辞めるって本当ですか。しかも早期退職って。さっき、班長から聞いてっ」 やっぱりって、なんだとは思ったが。此処に俺がいる事を突き止めているならば、ある程度は俺の背景を知っていたかのかと思い。 いつも通りの対応をすることにした。 「その通りだよ。もう俺はお前の先輩でもなんでもない。ただの一般人だ。それでも、有休消化や手続き上はまだ在籍はしているが、」 「そうじゃなくてっ。それで『お元気で。今までありがとうございました』って、言う為に僕がここに来たとでも? 僕はこの二年間。ずっと石神さんの側に居て学んで来た。そして違和感も感じていた」 そういや、こいつは職質が上手かったなと思いながら尋ねる。 「なんだそれ。違和感って? 具体的にはなんだ。加齢臭とか言うなよ」 茶化してみると、違うと。青島は生真面目に首を横に振ってから喋った。 「……手柄を僕に譲る。それ自体は珍しい事じゃない。けど。手柄に執着しないのは違和感だ」 思わず口笛を吹きそうになるのを堪えて、青島の言葉に耳を傾ける。 「だって。本庁勤めの人が所轄に移動って言うだけで訳ありなのに。だから、なんでだろうって。違和感を感じて……こっそりと調べてました。ズバリ言います。警察やめて──人を殺すか。それか、死のうって思ってませんか?」 息を整え。青島はまるで悪漢に立ち向かうような、強い視線を隠さずに俺に投げて来た。 それを受け流すように、金網にかしゃんと背を預ける。 「殺すか、死ぬかどっちなんだよ」 「殺す100%で。死ぬ、20%ぐらいでしょうか」 「ふっ。それじゃ計算が合わないな」 「そうですね」 忍び笑いをする青島。 俺はコイツのこう言う、軽やかさが好ましく思っていた。だから、ついついお喋りに興じてしまう。
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