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舌の上に乗せた、つまらない言葉を誤魔化すように時計を見る。時刻は17時15分になっていた。
周囲の街灯が灯り。
灰色の空はいよいよ黒色に染まりつつあった。
青島は俺の反応を気にすることなく。
「調べているうちに分かったんです。石神さん。本当は煙草嫌いでしょう? 娘さんも奥様も煙草を好んでない。なのに事件後に煙草を吸い始めた。犯人が捕まった二年前には喫煙数が増えた」
自分の推理を披露するかのように喋り続けた。それはとても青いと思ったが。
嫌いじゃなかった。
偶然だなと、小さく呟く。
「何となくですが。それこそ刑事のカンってヤツですが。石神さん。煙草を呼び水にして。死を招き入れようとしてませんか?」
「面白いことを言うな」
「こんなの……面白くもなんともないですよ。肺を黒く染めて。体の中に真っ黒な色んなものを溜め込んで。一人で何もかも背負い込んで。社会から己をいつでも切り離せるように。って考えているんじゃないですか。その準備がこの所轄に来ての五年間。判決が下された今。次の準備に取り掛かろうとしてませんか」
「おいおい。言ってることが無茶苦茶だな。俺は生きたいのか、死にたいのかハッキリしないな」
「早く死にたい。しかし、このままじゃ死ねない。犯人を葬りたい。仇を取りたい。僕の見立てはそうです。違いますか?」
「…………」
──及第点に届いた。
でも言葉を紡ぐより、懐から煙草を取り出す。こいつはきっと俺なんかより良い刑事になるだろう。
「この場所はかつて……スーパーオアシスの夜間金庫があった場所ですよね」
そうだと言うのも億劫で。懐から煙草を取り出し口に咥え、火を灯す。
帳が落ちた街の黒闇を払うには余りにも小さな光。
それでも灯さずにはいられない。
肺に塗布するかの如く。
煙を。夜を。肺に入れる。
「今度、俺に会ったら。迷うなよ。俺をお前の手柄にしろ」
「!」
眼を見開く青島。
俺も迷わないから。
この五年間。体の内側を黒く染め上げてきた。ここに来たのは決別。
娘は煙草を臭いと言って嫌っていた。
俺もそうだった。
でもこれからは、咲子が好いてくれていた父親像はここに置いていく。
これは決別の儀式。
時計を見ると17時26分を過ぎていた。ポケットから一枚のくしゃくしゃの、古びたレシートを取り出す。
陽が落ちてしまって頼りない灯りじゃ、青島の顔がどんな表情をしているかわからなかった。
しかし。暗影から。キッパリと。
「俺が阻止します。だから生きていて下さい」
と、力強い声が聞こえた。
この身に巣食う黒いものも。この視界に広がる闇も。払拭するのは光なんかじゃなくて、案外こう言う声なんかじゃないかと思ったけれども。
確かめる手段なんてない。
ふうぅと、紫炎を吐き出し。
「じゃあな」と、煙に巻くように俺はレシートを手放し。
その場から離れ。
街灯の光が届かない、黒暗に身を馴染ませるのだった。
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