黒曜石の肺

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時刻は17時過ぎ。 がらんとした駐車場の片隅で、目を閉じて頭の中で誦じる。 7月1日  スーパー『オアシス』マツヤマ支店 17時26分 にんじん  じゃがいも  玉ねぎ  カレー粉辛口  鶏肉もも肉 らっきょう チャツネソース チョコレートクッキー 歯磨き粉 アルミホイル 誦じたのはレシートの表記。 値段にお釣りの金額。 店員番号、レジナンバー、それぞれの税込の値段も覚えている。 六年前と今の値段だと、どれも物価が高騰していて、嫌でも時間の流れを感じてしまい。二年前ほどから価格を諳んじるのは止めた。 その時を切っ掛けにメビウスのライトから、通常のメビウスに変えた。 煙草(メビウス)を吸うか、誦じるか迷って。 あぁ、此処に来るのも最後だと思い。 「7月1日。スーパー『オアシス』マツヤマ支店。13時26分──」 次は口に出して誦じる。 すると思ったよりも、淡々とした言葉になった。 腹の中では怒りが煮えくり返り。怒りが揮発してしまった。だから、言葉や感情には蒸気のような、淡い残滓(カス)みたいなものしか吐き出せないのだろう。 さもありなん。 そう思い、言葉を淡々と吐いていると。 雑な足音と共に、こちらに人がやって来る気配がした。 そっと目を開けると目の前は金網の視界。 上を向くと空は煙草の灰のようなつまらない色。 それでも長く目を瞑っていたせいで、曇天の隙間からの夕日でも眩しくて、目を瞬かせた。
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