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「俺が人を殺しそうに見えるのか? こう見えても真面目だけが取り柄のアラフィフおっさん。女房とはもう数年前に別れている。五年前には現場にも愛想を尽かされて、ご存じの通り。本庁から所轄に移動。ノンキャリで階級も警部補留まり。手柄も賞状が数えるほどの普通の公僕。いや、もう一般人だな。ただのおっさんだ。こんなうだつの上がらない人生。死にたくなるのは分かるが、そんな俺が人を殺そうなんて物騒過ぎるだろ?」
紫炎を燻らせるように、のらりと言葉を放つが。青島は煙たがることなく。
口元の緩みを消し去り。強い視線を俺に向けた。
それは犯人に対峙するような心構え。青島は刑事の顔にスイッチが入ったと思った。
「──六年前に起こった。スーパーオアシス強盗殺人事件。スーパー閉店後。スーパーの売上金を夜間金庫に預ける時に発生。被害者は二人。柏原咲子、水村昌司。いずれも亡くなっている。犯人は被害者二名をナイフで滅多刺しにし、売上金を強奪し逃亡の末。二年前にようやく逮捕。しかし『悪魔に取り憑かれた』と心身喪失を訴え。やっと今年の頭に判決が降る。判決は無期懲役……」
「それがどうした?」
「柏原咲子。当時十七才。石神さん。あなたの実の娘さんだ」
俺の内情は移動の際に周囲に伏せていた。
署長が話したとは思えなくて──って。
ここに青島が来たということは、そうか。
そう言うことなのだろう。
青島はきっと全部分かって此処に来ている。
ならば。最後に先輩面させて貰おうかと思い。
「で?」と、わざとらしく威嚇するように顎を青島に向けた。
「俺の名前は石神だぞ? 柏原って名前じゃないが?」
「石神姓はあなたの母方の姓。五年前、離婚をして戸籍を新しく作り直して石神になった。五年前は柏原の姓で、本庁に在籍をしていたのを確認しています」
「人の離婚歴を調べるのが刑事の仕事か?」
「いえ。刑事の仕事は犯人を捕まえることです。しかし、犯罪捜査規範十四条が、当時の石神さんを苛んだ」
良くお勉強していると感心する。
しかし、まだ及第点はやれない。
犯罪捜査規範十四条。
警察官は、被疑者、被害者その他事件の関係者と親族その他特別の関係にあるため、その捜査について疑念をいだかれるおそれのあるときは、上司の許可を得て、その捜査を回避しなければならない。
いわば、身内が事件に巻き込まれたら捜査に関われる訳じゃないと言うルール。
「その十四条と俺の娘と離婚。名前を変えたことに、何が関係があるんだ」
及第点をくれてやるにはせめて、核心を付かない点をやれない。
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