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神様は電話番号を教えてくれなかった。
翌日、私の余命は残り二十九日。
仕方ないなと思い、私は直接彼女のアパートを訪ねることにした。
遅くなることを想定して、大学の友人に会うから、帰りが夜中になるかもしれないと拓也に言った。
帰りはタクシーを使うから大丈夫だと告げた。
夜の八時まで彼女は帰ってこなかった。
流石に夜中のピンポンは非常識よねと考えていると、彼女の部屋に男性のお客さんが訪ねてきた。
「もしかして、新しい彼かしら……」
訊きたいのに、こういう時に神様は出てこない。
新しい恋人ができたなら、彼女に拓也のことを頼めるはずもない。
しばらくすると、二人は手を繋ぎながら部屋から出てきた。
「腹減ったからって、わざわざ呼び出すなよ」
「だって、家近いじゃん」
二人は近所のファミリーレストランへ向かっている。
私は後をつけた。
数メートルほど離れて彼女たちについて行く。
「最近は、あの神主に御馳走してもらわないんだ」
「奥さんにバレたんだって」
「へぇー、それじゃ終わりか?」
見つからないように会話が聞こえる席に背中合わせに座った。
……まさか拓也がパパ活?
ありえない。
「奥さんに言いたいなら言えって逆ギレ。ウザイし切ったわ」
「旅行まで連れてってもらってたじゃん」
「だね。京都マジで行きたかったし。でもさ、体の関係求めないんだよ?意味わかんない。マジ神主って感じ」
「だって脅してたんじゃん。二年前のことをネタにして、腹減ったら呼び出してたし、旅行もお前が行きたかったんだろ京都」
悪びれる様子もなく笑っている。
京都旅行に彼女と行ったのは、脅されていたからなの?
その後も彼女たちは拓也さんのことを馬鹿にした発言を繰り返す。
いったいどういうことなの。
握りしめた拳がわなわなと震えた。
もう、黙っていられない。いい加減、限界だ。
私はすっと立ち上がって、彼女たちの席に行った。
「優香さん。それ、どういうこと?」
「なに、おばさん?」
二人は私の顔をジロジロ見る。
優香さんが、ハッと思いだしたように表情を曇らせた。
彼女は私の顔を覚えていた。
「びっくりしたぁ」
彼女は隣の男性に私が拓也の妻だと説明していた。
「優香さん、わかるように説明して」
もう開き直ったほうがよさそうだと思ったのか、彼女は話し出した。
「別になんもないし、ただ、ご飯食べに連れてってもらってただけ」
「場合によっては、貴方に慰謝料請求しますから。職場にも報告させてもらうわね、商社だっけ?ご実家のほうにも電話するわね」
「あんたの旦那が悪いんじゃん!酔った勢いで奥さんと間違えたんだから。バカなのは旦那のほうよ」
「おい!優香やめろ。嫁さんのほうが立場は上だぞ、慰謝料払うのお前だぞ」
連れの男が優香さんを宥めた。
まだ男性のほうが話は通じそうだ。
「どういうことかしっかり話してくれる?」
非常識な話だった。
二年前の三が日、拓也さんは氏子の人たちにお神酒を飲まされていた。
ああいう場ではどんどんお酒が振る舞われる。
慣れないことで拓也さんは断れず、酔って社務所の控室で休んでいた。
巫女のアルバイトに来ていた優香さんが、社務所に行った時、寝ている拓也さんを見つけたらしい。
「だって、いい男じゃん、あんたの旦那。神主って衣装もかっこいいしさ」
拓也さんは、優香さんを私だと思い間違えが起こったらしい。
彼は妻だと勘違いしたと言っていたという。
「何度も謝ってさ、笑っちゃう」
話を聞いていると、腹わたが煮えくり返る。
この子、自分で誘ったようなものじゃない。
その後は音信不通になって何もなかったらしいけど、二年後、たまたまジムで彼と会った。その時のことをネタに彼女は食事を奢ってもらうようになった。
食事だけのパパとして彼を利用していたという。
彼は仕方なく、妻には黙っていて欲しいと願い、彼女に従っていたらしい。
後は、最後にするからと京都旅行を強請ったという話だった。
「バカな神主だった」
「おい!優香」
「あなたどういうつもりなの?それって脅しよね?脅迫したのよね」
「え?何言ってんの?本人が悪いんじゃん。断ればよかったし、嫁にバレるのビビッて言いなりになってたの神主だし。キレるんだったら、旦那にキレなよ」
話にならないと思った。
「お姉さん、別に慰謝料とか請求してもいいけど、大事にしちゃったら変な噂が立つよ?神社でしょ?」
連れの男性が優香に味方する。
ファミレスでする話じゃないのに、周りのお客さんが何事かと視線を向ける。
「旦那さん、よっぽどあんたにバレるのが嫌だったみたいよ」
「いいじゃん。愛されてんだから」
バカバカしくなった。
くだらない。
こんなガキの言いなりになっていた拓也さんにも腹が立った。
これ以上話しをするのも無駄。
わたしはそのままファミレスを出た。
悔しくて腹が立って、どうしようもなかった。
「無駄な時間を過ごしてしまった。残りの時間はもう一ヶ月を切っているのに」
何も声が聞こえなかった。
「神様!いるんでしょ!こんな時だけ消えるとか、どうなのそれ?」
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