自分の余命を知ることができたら、貴方はどうしますか?

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残った時間は三十日。ここからはカウントダウンだ。 「小春」 「なに?」 「抱きしめてもいいだろうか?」 拓也さんが玄関で私に訊ねた。 「……いいわ」 拓也さんは奉仕に行く前に私を抱きしめた。 久しぶりに彼の体温を感じた。神職だからか神様と同じ匂いがした。 「行ってらっしゃい」 「ああ。行ってくる」 拓也さんが社務所に行ったのを見計らって、神様が姿を現した。 彼はいつでもスッと現れる。 「話をしたらどう?」 「拓也さんと?」 「うん」 「別れが辛くなるだけよ」 今になったら、少し後悔している。 優香さんと付き合っていてもいいとちゃんと伝えればよかった。 彼は私がいなくなったら、支えてもらう人が必要になるかもしれない。 「私……優香さんに会いに行ってみようかな」 「急にどういう風の吹き回し?」 もし、彼女が本気で拓也さんのことを愛しているのなら、私が死んだあと寄りを戻せばいい。 今すぐ一緒にとは言えないのが申し訳ないけど、彼をよろしくお願いしますって伝えたい。 「私たち夫婦は、もう半年前から終わっていることを、知らせたいなと思って」 「それはやめておいたほうがいい。あまりいいアイディアじゃないよ」 私の考えは棄却された。 神様がそう言うんだから、きっとやめておいたほうがいいのね。 「わかった」 私はいつものように参道の掃き掃除を始めた。 もうそろそろ雪が降りそうだ。 ちょうど三が日を避けてくれてよかった。 「ん?死ぬ日のこと?」 「ええ。神社の一年で一番忙しい日だから」 「そうだね」 私は掃除を続けた。 「やっぱり私、優香さんに会いに行きたいんだけど」 ぼそりと呟くように言った。 神様は苦笑する。 「そう言うと思ったよ」 私は優香さんの履歴書を確認して住所を調べた。 電車で二駅の場所にある。 彼女は仕事に行っているだろうから、帰りはきっと遅いだろう。 「神様、彼女が実家暮らしかどうかわかる?」 私には時間がないから、できるだけ無駄を省きたい。 これくらいは大目に見て、神様は教えてくれたらいいけど。 「その子は実家暮らしじゃない。駅前のアパートで一人暮らししているよ」 そう言えば、拓也の通っていたジムがある駅だ。 「そうだよ。ジムで出会ったんだ」 そうなんだ。 そうだったのなら、彼との関係はジムに通いだしてからだ。不倫は半年くらいだったのね。 「教えてくれる?彼女の住所」 「いいよ。けれど会うのはちゃんとアポイントを取ってからのほうがいい。礼儀としてね」 「電話番号教えてくれる?」 「それは嫌だな」 「ならば直接、部屋に行くわよ」 神様は困った顔をした。 「小春はそういうとこ強引だよね」 「時間がないでしょう?だって、私が死んだ後のことをお願いしたいんだから、早いほうがいいわ」 「拓也はそんなことを願ってないかもしれないよ」 そこはちゃんと話をして私が判断する。 彼女がまだ拓也さんのことを愛していて、私のせいで二人が引き裂かれたのだとしたら、彼を支える存在になってほしい。 「私は、もうすぐ拓也さんと離婚するから、後をお願いしますって伝えたいの」 「離婚するっていうの?それは嘘だし、もしそんなことを知ったら、拓也は赦さないと思うよ」 彼には内緒で彼女に手紙を託せばいい。 私に何かがあれば、私が彼女のことを認めますって遺言でも書いておけば問題ない。 彼女が今でも拓也さんを好きなのか確認したいし、彼女がどういう人なのかちゃんと知っておきたい。 「神様にはルールがあって、本人のまだ知らないことを教えちゃいけないって決まりがあるんだよ」 「電話番号くらい教えてもいいじゃない」 「決まりを破ったら僕は君の前からいなくなるよ」 それは困る。 「でも住所は教えてくれたじゃない」 「君は実家に電話して彼女の居場所を聞き出すから、それくらいは良いかなって思った」 私は実家に電話することになっていたんだ。 「適当過ぎじゃない?そのルール」 「神様界のおきては、位の高い神様に見つかっちゃうかどうかってことで決まるからね」 そんなことってあるのだろうか、見つからなければいいなんて。 「神様界も階級制なのね」 「そんなもんだね」
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