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「拓也さん。私はあなたを愛しているの。だから離婚はしないわ」
その言葉を聞いて、彼はベッドで半身を起こしていた私を抱きしめた。
「ああ。ありがとう。俺も小春を愛している」
じっとそのまま二人で抱き合った。
「お願いがあるの」
「なに?」
「離婚をしないから、お休みをもらって、あと一カ月、私と旅行へ行きましょう」
「正月だよ?」
「ええ。三が日は帰って来るから大丈夫」
「わかった」
「いろんなところへ行きましょう」
「いいよ」
「温泉に入って、美味しい物を食べましょう」
「わかった」
「見たことない景色も見たいわ」
「いいよ」
「観光船や飛行機にも乗りたいわ」
「うん」
「ずっと一緒に居てね」
「ああ。勿論だ」
彼はぎゅっと私を抱き寄せた。
彼の肩が小刻みに震えていた。
「小春……ずっと一緒だ」
絞り出したような声で彼が私に言った。
私は『どうしても神社の今後を話さなければならない』と言って兄をアメリカから呼び戻した。
そして、両親に、三が日まで旅行に行くと告げた。
「後はお兄ちゃんと、今後の神社のことを話し合って。長男としてちゃんと神社のことを、跡継ぎのことを考えさせて。私にばかり押し付けないで」
両親はかなり怒っていた。
けれど、私を監禁する訳にもいかない。
貯金を全額引き出して、私たち二人は旅行へ行った。
残された時間はあと僅か。拓也さんと二人でゆっくり過ごしたかった。
「小春は九州へ行きたかったの?」
「ええ。桜島が見たかったの。それに、暖かいでしょ」
桜島フェリーターミナルで桜島フェリーに乗船した。
鹿児島市と桜島をわずか十五分で結ぶ。錦江湾で泳ぐイルカを見ることができた。
「イルカ!イルカがいる!」
「うわっ、すごいな。イルカにあえる人は運がいいんだって」
イルカはつるつるしている。とても可愛い。
めったに見られないものだということで、他の観光客たちもデッキに出てきて写真を撮っていた。
道の駅桜島、火の島めぐみ館。桜島の特産品が豊富に揃う。
「世界一小さいみかんなんだって」
ミカンは小さいほうが甘い。だからこのミカンはとても甘かった。
「桜島小みかんを使ったソフトクリーム食べる?」
甘いものが苦手な拓也さんは、いらないと言った。
だから一つだけ買って二人で分けあって食べた。
溶岩なぎさ公園で全長約百メートルの足湯に入って疲れた足を休める。
「気持ちいいな」
「うん。気持ちいいね」
赤水展望広場桜島溶岩を使って制作された巨大なモニュメント「叫びの肖像」迫力満点だった。
観光は楽しかったし、宿は高級旅館だ。
二人でいろんな所を巡った。
桜島は今でも噴煙を上げている。
爆発的噴火があり、先日も噴煙が三千メートルの高さまで上がったらしい。
驚異的なエネルギーを感じる。
生命の息吹。山が生きている。
月讀神社。「桜島」の名前の由来とされる「コノハナサクヤヒメ」が祀られていた。
「サクヤコノハナヒメって炎の中で出産した人だな」
「そうよ。ニニギノミコトが、天上から地上の世界に来てサクヤコノハナヒメに一目ぼれしたの。お姉さんと共に嫁入りしたんだけど、姉のイワナガヒメが不細工だったから親元に送り返したの」
「一夫多妻制か。でも姉を送り返したって、酷い男だよな。当時も見た目が重要だったっていう謎の神話だな」
「ニニギはそもそも酷い男なの。妻の浮気も疑った。サクヤコノハナヒメはキレちゃって、産屋に入って、入り口を土でふさぎ火を放ちました。そして炎の中でも無事産まれたら、天の神である貴方の子よって言って、根性で三つ子を産んだ話」
「なんか強烈だな」
「神話だしね。今だったら許されないストーリーよね」
こんなところに来てまで神社に参拝している。自分たちは職業病だなと話ながら宿に帰った。
浮気を疑ったのは私も同じだ。
もっとちゃんと拓也さんと話をするべきだった。
彼も、優香さんとのことを、正直に話してくれていたら、お互いこんな思いをしなくて済んだ。
「神様の言うとおりね」
「ん?」
「ふふ。何でもないの」
神様は拓也さんと話をするよう何度も言っていた。
今更でしょうと聞かなかったのは私だ。
「なんだよ?」
「私ね、神様に子供の頃プロポーズしたの。全然覚えてないんだけど」
「なんだよそれ」
「五歳くらいの頃、神様に会ったの。一緒に遊んだんだって。その時に私が結婚しましょうって言ったんだって」
「俺の話?」
「ん?」
「覚えてないだろうけど、俺、子供の頃小春と遊んだ。君は結婚しようって言ってた」
「私が?」
「そうだよ」
「そんなこと覚えてない。っていうか、私、子供の頃やたらめったら誰にでもプロポーズしていたのね」
「そうなの?」
「だから覚えてない……けど、拓也さんは私と出会ったのは、前厄のお祓いの時じゃなかった?」
「まぁ、しっかり小春を意識したのはその時だったな」
私達は旅行中いろんな話をした。
早く子供をつくって、お義父さんたちを安心させようと拓也さんが言う。
もう訪れない未来の話だ。
「そうね。三つ子だったら嬉しいわね」
「火の中で産むの?怖すぎだろ」
それから沖縄まで飛行機で飛んで、五日ほど沖縄を満喫した。
「こんなにお金を使ったら、後から酷い目に遭うぞ」
「大丈夫。今回だけよ。今は少しでも拓也さんと一緒に居たいの」
「そうだな。やっと夫婦に戻れたんだし、金なんて後から貯めればいいか」
「大好きよ。ずっと好きだった」
「そうだな、出会ってからも長かったもんな」
「私の為に、仕事を辞めてくれてありがとう。私のことを大事にしてくれてありがとう。出会ってくれてありがとう」
「なんだよ、急に、めちゃくちゃ甘えだしたな?」
「いや?」
「いいや、嬉しい」
拓也さんは照れくさそうに笑った。
私達に残された時間は後十日。
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