自分の余命を知ることができたら、貴方はどうしますか?

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私達は東京へ帰って来た。 両親からは勿論大目玉を食らう。 けれど一生分楽しい旅行だったし、私達はとても幸せだった。 大みそかから年が明けた。 新年だ。 怒涛の三が日が過ぎた。 ほとんど睡眠もとれずに、疲れ切って拓也さんと共に泥のように眠る。 それでも彼が横にいて、彼の体に守られて幸せだった。 「愛しているわ」 「……なんかずっと言ってるな」 「ええ」 拓也さんは微笑むと、私の頭を優しく撫でた。 ◇ ……今日がその日だ。 朝のお供えを済ませて、いつものように神殿の神聖な空気を吸い込んだ。 まだ初詣の参拝者たちがやって来る。 お賽銭を数える仕事は今年はしなくて済むだろう。 面倒な仕事を残さなくてはならず、両親には申し訳なく思った。 私は近所の公園に歩いてきた。こなければいいのに、足は公園へ向かっている。 不思議なもので抗えない力が働く。 ああ……そういうことなんだと思った。 何度も助けようとしたけれど、誰も助けられなかった理由がわかった。 自分の意思に反して、体は勝手な動きをしてしまう。 だから私も、池のある公園へ来てしまった。 昨夜から降っている雪で、辺り一面雪の原だ。キラキラと朝日を浴びて光り輝いている。 眩しいくらいに美しい。 私はその時がくるのを待っている。 怖いなと思う。ものすごく怖い。 神様がどうやって死ぬのか、ずっと教えてくれなかった理由がわかった。 こんな怖い思いをしなくて済むように教えなかったんだ。 けれど逃れられない。 池には氷が張っていて、子供たちが氷上に石を投げて遊んでいた。 氷を割って楽しんでいるんだろう。 助走を付けて、どこまでも遠くに石を投げる。 できるだけ大きな石を探して投げてはいるけど、上手くいかないようだった。 池の上に張った氷は、けっこう厚みがあった。 手で投げられる石程度では割れそうにない。 石コロは氷上を滑って、池の中心まで行くと、トポンと水中へと沈んで行った。 中心は氷が薄いようだ。 一人の子供が石を投げていた池の氷の上に、自分の靴を放ってしまった。 勢いあまって靴だけが飛んで行ったようだった。脱げた靴は氷の上を滑った。 少年の額の辺りを見るが、余命は出ていない。 大丈夫。あの子供は死なない。 じっと見ていると、少年は池の上をゆっくりと歩きだした。 危ない。けれど、彼の余命は出ていない。 死なない。 見なければいいのに、目が離せない。 二メートルほど行くと靴が拾える。やっと靴の場所へたどり着いた。 そして、次の瞬間。 ……氷が割れた。 これだと思った。 私は走った。 少年が落ちてしまった池の中へ入って行く。 そう、彼の寿命はまだ残っている。けれど私の寿命は今日まで。 私はこの少年を助けなければならない。 私の運命はここで死ぬことを意味している。 せめてもの救いは、この場所に拓也さんがいないこと。 私を助けようとして、池に入ってこない。 彼はここにいないから。 大丈夫。 彼は助けには来ない。 池の中は足がつかなかった。泳ぐしかない。 コートが水を吸って重たい。 体の自由が利かない。 子供のところまで行かなければ…… 彼を助けるのが私の使命。 水の中で必死にコートを脱ぐ。 なんとか彼の側までたどり着く。 足はつかない。 彼に声をかける。 この子を持ち上げるだけの体力が私にあるだろうか。 「自力で上がりなさい!貴方の体重なら氷の上に乗れる!」 なんとかまだ原形を留めている氷の上に子供の身体を持ち上げる。 私は体力の限界がくる。 沈む…… 「……小春!」 大きな水音と共に、誰かが私の腕を掴んだ。 私は力が入らない。 私の意識は深い池の水の底にゆっくりと沈んでいった。 拓也さんが、こなければ良かった。 彼だけは、せめて長生きして欲しかった。 人の運命は変えられない。 寿命は決まっている。 それはとても不条理だ。
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