自分の余命を知ることができたら、貴方はどうしますか?

3/14

62人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
「もし死ななかったら離婚するの?」 社務所に戻り、パソコンの前でモニターを見つめていると、いつの間にか隣に先程の男性が立っていた。 ……! 「ちょ……あなた何処から……」 どう考えても不審者だ、警察を呼ばなければ! 今日に限って、誰も社務所にはいなかった。 私が電話に手を伸ばそうとしたとき、不審者が「ふっ」と息を吐いた。 急に私の体が固まった。動けない。 「……!」 言葉は出ない。まるで時間が止まってしまったようだ。 「小春は、僕を覚えていないようだけど。僕は君を覚えている」 彼はゆっくりと勝手に話し出した。 「二十数年ほど前、君が五歳の頃、僕と話をしたよ。将来は僕のお嫁さんになるって言っていた」 彼は思い出しているのかクスクス笑った。 「神にとっては時間なんて、あってないようなものだから、僕にとってはついこの間の話なんだけどね」 そんなこと覚えていない。五歳の頃の話でしょう。 「君に人間の寿命が見えるようになった時期と同じくらいだけど、覚えてない?」 そう言われれば、人の余命が見えるようになったのは五歳の頃だった。 最初は何の数字だかわからなかった。 親に言っても信じてもらえなかった。 十歳の時に叔母が事故で亡くなって、初めてその数字は余命かもしれないと思った。 「余命のことは覚えているみたいだね。僕のことは忘れられたか。残念だよ」 この人は、私の考えていることを読んでいる? 「神様だからね。ああ何でもわかるよ」 とにかく話ができるように、この硬直を解いてほしい。 金縛りだか何だか知らないけど、変な能力は使わないで。 「解いてあげるけど、ちゃんと僕の話を聞いてくれなくては駄目だ。冷静になれなければ、また口が利けないようにするよ」 「わかったわ」 あ……声が出た。 「いい子だね。小春」 彼は私の頭を撫でた。 驚いて思わず後ろにのけ反ってしまう。 「それで……神様。なぜ私のところへ?私の余命があと半年だからお迎えにいらしたのですか?」 「まぁ、そうだね。死ぬまでに色々とやっておきたいことがあるだろうと思って、君に会いに来たよ」 やっておきたいこと。 「君は、さっきの質問に答えてない。もし、余命が延びたのなら、旦那さん、拓也と離婚したの?」 「……」 いいえ。しないわ。 私は多分、拓也さんと離婚はしないだろう。 彼以外の男の人を知らない。彼以外の人を愛したことがない。 「君は拓也を愛しているんだね。僕にプロポーズしておきながら酷いもんだ」 「その、もしそれが事実だとしても、プロポーズしたとき、私はまだ子供だった。ならば子供の戯言だと思って忘れて下さい。結婚といっても神様の嫁が務まるほど、信仰心が強い人間ではありませんので」 「そうか……残念だ」 神様は本当に残念そうに軽く肩をすくめてみせた。 「拓也さんと過ごすのはあと半年です。ですから事を荒立てるつもりはありません。もし、こうだったらという、もしもの話は現実的ではありませんので考えません」 現実的も何も、神様が目の前にいることが現実的じゃないけど。 彼はハハハと笑った。 「そうだね。現実的ではない。でも僕はこうして君の側にいるからね」 「神様が私の余命を延ばしてくれるのですか?」 「先に言っておくけど、僕は情状酌量しないんだ。だって、そんなことをしたらみんな死ななくてよくなる。よみがえりで人口増え過ぎて食糧難で人類滅亡。それは無理だ」 ああ。そうよね。そんなに都合よく事は運ばないでしょう。 「でしたら、もう、そっとしておいてください。もし、なにか願いをきいて下さるというなら、死ぬときは痛くないようにお願いします」 「ああ……瞬殺希望?まぁ、あるよねそういう願い。結構死に際にお願いされることが多いよ。皆、苦しんで死にたくはないよね」 どうせ死ぬのなら、誰しも苦しんで死にたくないだろう。当たり前だ。 「どうやって死ぬのかは教えてくれないんですか?」 「ああ、それも無理。でも気が付かないうちに静かに死ぬよ。だから安心してこっちにおいで。僕のお嫁さん。待ち遠しくて仕方がない」 少なくとも私が死んだら嬉しい人が天国にいるのは確かなようだ。 おかしな話だけど、少しだけ気が楽になった。 「あと半年の命だ。悔いが残らないように」 彼はそう言って帰っていった。 なんで神様が来たのかよくわからなかった。 死期がわかってから彼はやってきた。 神だとしたら死神だろう。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加