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「君に話があるんだ」
拓也さんはいつになく真面目な顔でそう言った。
二人で並んで食事をしているときだった。
今日は拓也さんの好きなハンバーグを作った。
新婚の頃は『毎日でも食べたいよ』と言ってくれた。
最近は作ってなかったから、久しぶりに作ったハンバーグだった。
「話ね、わかったわ。お風呂に入ってからゆっくり聞くわね」
私は食べ終わった食器をシンクに運んで行った。
「先にお風呂入っちゃって」
そう言いながら食器を洗い始めた。
言わないで欲しい。
浮気相手の話は聞きたくない。
けれど彼女とは浮気じゃないかもしれない。
もう。本気になってしまったのかもしれない。
水が勢いよくお皿にあたってエプロンを付けていないスカートにはねた。
濡れるのも気にせず、私は食器を洗い続けた。
もう少しなのに、彼は私に告白しようと思っている。
聞きたくないと思った。
自分の顔がどんどん青ざめていくのが分かった。
◇
「今度大学の同窓会があって、旅行の計画が上がっているんだ。三日ほど家を空けることになるけど大丈夫かな?」
ほっとした。
良かった。離婚の話じゃなかった。
不倫旅行の話だった。
「ええ。勿論行ってきて。大丈夫よ。これから休みも取れなくなるかもしれないし、みんなで楽しんできてね」
安心したことが顔に出ていたのだろうか、少し虚をつかれたような表情で拓也さんはありがとうと言った。
もうそんなに時間がない。
彼の言動にハラハラさせられなければならないなんて耐えられない。
何も言わないで欲しいと思っているけど、そうはいかないだろう。いつ言われるのかと思うと胸が苦しい。
隣で寝ている拓也さんに背を向けたまま、私はずっと眠れないでいた。
静かにベッドを抜け出すと、リビングへ向かう。
コップ一杯の水を飲んで、気持ちを落ち着かせた。
「ああ……やっぱりそうなるよね」
「……!」
神様だ。人の家の中にまで入り込むなんて、礼儀知らずもいいところだ。
「いいや、だってさ。僕は神様だからどこだって覗けるんだよ?姿を現さず観察する方が礼儀に反するんじゃない?」
「確かにそうですけど、隣の部屋で夫が寝ているんです」
「それじゃ、静かに話そうか」
そういう問題じゃないんだけど。
「小春は、そのまま、思っていることを口に出さずにいて後悔しない?」
「私は、今更彼の不倫を知りたくないだけです」
「もう知っているじゃない」
「そ、そうですけど。わざわざ彼の口から聞きたくないだけです」
「違うよね。君は彼を愛しているから、浮気相手のことを愛していると言われたくないんだ。離婚して欲しいともいわれたくないし、今度不倫旅行に行くことも正直に話してほしくない」
「当たり前じゃないですか」
「それで、楽になれる?」
楽になんてなれない。毎日、いつ彼が彼女のことを話しだすか怯えている。
離婚して欲しいと、いつ言い出すか怖くて仕方がない。
「そんなに苦しいのに、こんな状態を死ぬまで続けるの?」
「あと……もう、あと五ヶ月だけじゃないですか」
「五ヶ月の間耐えるの?今が一番ましだと思わない?これから先は、もっと酷い状態になるよ」
わかっている。
涙が溢れてきた。
もう嫌だ……
彼に縋っている自分も、離れてしまうのが怖いと思っている自分も。
もう限界だ。
「拓也さんは今週末に旅行に行くと言いました。彼女と行くんでしょう」
「ああ」
「その間、私は自分の気持ちに区切りを付けます。今、彼に離婚を申し出されたら私は動揺するわ。きっと彼に縋ってしまうでしょう。そうならない為にも、しっかり彼の言葉を受け止められるように、心の準備をしようと思います」
「不倫しているのは拓也の方だよね?なのに君が彼の為に別れてあげようとしているの?相手の女を憎んだりしないの?人の夫を奪ったんだよ」
私は深呼吸した。
「百パーセント彼と、その不倫女が悪いです。私に非はない。けれど、愛されていないのに一緒にいることが私の幸せではないですよね」
「確かにそうだね」
「愛する女性が他にいるのに、私が彼を縛り付けていてもいいのですか?彼は幸せじゃない。そして、彼の幸せを無理やり奪って私が幸せになれるはずがない」
「そうなの?」
「そうでしょう」
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