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翌日は普通に目が覚めた。
なんだかスッキリとした気分だった。
彼に離婚のことを伝えられて良かったんだと思った。
「おはよう」
私はいつものように朝食を準備する。
私は和食。
彼は洋食。
準備している間に彼が朝刊を取りに行く。
変わらない朝だ。
「……おはよう」
拓也さんはぼそぼそと呟くように挨拶をした。
「今日は午前中に竹垣の修理の見積もりで、業者さんがくるわ。午後からは特に何もないから自由にしてくれて大丈夫よ」
「いや、事務仕事をするよ。いなかった分の仕事が溜まっているだろうから」
いなかった間の仕事はきちんと片付けている。
パートに来てくれている近所の氏子さんが細かい雑用はこなしてくれる。
「そう。ならば、宮司もいるから私は午後から買い物へ行ってくるわ」
「なんの買い物?」
そんなことを今まで聞いたことなかったでしょう。
「いろいろ買いたいものがあるの。冬物の靴下とか、インナーを買いたいわ。これからは社務所も冷え込むから、袴の下に履く物が欲しいの」
「ああ。そうだね」
彼は私の目を見なかった。
空気が重く居心地が悪い。
「今観たい映画をやっているの。久しぶりに映画でも観てこようかと思って。」
「映画?」
「ええ。もう随分映画館へは行ってなかったから。けれど夕食はちゃんと作るわ」
「映画に……そんなに行ってなかったんだな」
「ええ。行ってなかった」
彼は気まずいのか新聞に目を落とした。
私は午後から街へ出かけた。
ネットで購入したワンピースを着た。袖口がふんわりしていて女性らしい物だ。お化粧もした。
「なんだかデートするみたいで少し恥ずかしいわ」
「デートで合っているよ。ふわふわして可愛い服だね。いつもの君と違うね」
神様はしっかり私を褒めてくれた。
「私がいたら邪魔でしょう。できないこともいろいろあるだろうから出かけたの」
「そうだと思った」
神様は白いシャツとスラックス姿で私の横を歩いている。
普通の人間と見分けがつかない。誰も彼が神様だなんて思わないだろう。
「学生の頃は映画鑑賞が趣味だったの」
「うん」
「もう、何年も行ってなくて。それで拓也さん驚いていたみたいだった」
「そうだったね」
神様は全部聞いている。知っている。
「小春は拓也のことをまだ諦めてないの?」
わからない。
「彼の気持ちが離れてしまっているのに、彼を想ってしまうことが苦しいわ」
人の気持ちは人の気持ち。
私の想いを押し付けることはできないだろう。
「不倫相手の女の子に嫉妬している?」
「そうね……わからないけど。でも、私よりきっと大切にされていたんだと思う。私は結婚してから一度も旅行なんて行ったことはないわ。映画ですら行ってないもの」
彼女とは行ったんでしょう……
とことん自分が軽視されていた事実に胸が痛い。
「僕はホラー映画がいいと思う」
私は神様とシネコンに来ていた。
「えっ、嫌よ……そんなの観たくない。まだアクションとかだったらいいけど、ホラーは苦手だわ」
なんで男の人はホラーが好きなのかしら。拓也さんもホラーばっかり観たがった。
「神様ってゾンビとかリアルで知り合いでしょ」
「確かに友人に幽霊は多いね」
◇
「明日は出かけるよ」
夕飯を食べ終えると拓也さんが私に告げた。
「そう。わかったわ。遅くなりそう?」
「そうだな。多分」
「わかったわ」
翌日、彼は出かけた。
何処へ行くとも言わずに。
「彼女に会いに行くのね」
「そうかもしれないね。けど、拓也ともっと話をすべきだと思うよ」
そんなことをして、不倫相手の子に会いに行くと言われたらいい気はしない。
「思ったんだけど、神様は何処にでも行けるし、人の思っていることを読み取ることができるでしょう?」
「できるよ」
「それなら、拓也さんがどこへ行って、誰と会って、何を思っているかがわかるんじゃない?」
「知りたい?」
今更知っても仕方がない。
「知らなくていいわ」
もし彼女に会うんだったら文句をいうことはできない。
彼女と会うなとは言ってない。別れてほしいとも言わなかった。
私が死んだ後のことは関係ない。
だけど、彼の行き場が無くならなくてよかったと思った。
◇
あれからひと月近くが過ぎた。
拓也さんは、神社の奉仕を頑張ってくれている。
私がいなくなれば神社は人手不足になるだろう。
神道系大学や神職養成所に求人を出せば、奉職先の神社を探している人はいる。
昨今のスピリチュアルブームやアニメや漫画の影響で、神主希望の若者が増えている。
うちの神社は立地がいいから、きっと新しい神主はすぐ見つかるだろう。
相変わらず、拓也さんとのぎこちない夫婦生活は続いている。
夫婦間の話題は神社の奉仕の話がほとんどだ。
当たり障りない会話は、それしか思いつかない。
「地鎮祭だけど、女性の神主を希望している人がいるから、小春が受け持ってくれるか?」
「新しくできるカフェの地鎮祭ね。女性客を呼びたいから神主も女性を希望したのかしら」
「そうだろうね」
わかったわと言って朝の食器を片付けた。
「小春」
「なに?」
「……いや。ありがとう」
急に感謝されて驚いた。何に対するありがとうなんだろう。
詳しく尋ねるのがなんだか嫌だった。
「どういたしまして」
そう返事をして会話を終えた。
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