巻き戻った令嬢

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巻き戻った令嬢

部屋の中は真っ暗だ。窓から差し込む月灯でほんの少しだけ家具の位置が把握できる程度。 大丈夫。完璧だわ…… 浅い呼吸を何度も繰り返した。 落ち着かなければ。 ベッドの上に裸で横たわり、シーツを頭の上まで引き上げた。 これしか自分に残された方法はない。 六回の巻き戻り人生、何度も試みた同じ方法では私は死んでしまう。 運命は変えられないのか、家は没落し三年も経たないうちに家族はみんな死亡。 けれど、それならなぜ私だけが巻き戻りを繰り返しているのか。 理由が分からなかった。 どうせ死ぬのなら、もう一度やり直す必要はない。 けれど、もう七回目だ。 いいかげん一生死にたい。未来永劫死んでいたい。 ベッドに潜りながらそんな事を考えていると、寝室のドアが開く音がした。 「悪い待たせたな」 男は一応謝って自分の着ている物を脱ぎ始めた。多分脱いでいるだろう。 暗闇で何をしているのかよく分からなかった。 とにかくさっさと済ませてほしい。 「寝てないな?」 声を出せばバレてしまう。 私はシーツを頭から被ったまま頷いた。 「わかった」 男はそう言うと、上掛けをめくってベッドの中へ入ってきた。 怯えては駄目だ。 いつもの調子だ。 いつもがどうなのか知らないけど、堂々としていなければならないわ。 ピンと張ったままの手足に力が入る。 このまま動かない方がいいわね。 男の手が体を這う。 ああ……気持ちが悪い…… ◇ グレースの実家は裕福な男爵家だった。 父親は荘園の仕事で成功していた。商売の才能があったのか、高位貴族たちから依頼され、素晴らしい庭園をいくつも造った。 領地を持っていない成り上がりの男爵だったが、荘園業は莫大な資産をもたらした。爵位さえお金で買えるほど。 けれど、騙されて王都の端にある広大な土地を購入した。 そこは恐ろしく地盤が固い、草も生えないような土地だった。 水を引けばすぐに干上がり、耕そうとすれば鍬が折れるほど地面が固い。道をつくっても誰も通らない。どう足掻いても土地はただの不毛な地だった。 父はその土地に資金を費やし、借金を増やしていった。 結果私たち家族は事業を売り、家屋敷を売り、最後は爵位も売り、全てを失った。 没落しただけならまだしも、それから飢饉が私たち一家を襲う。 そして家族全員亡くなってしまった。 今まで六回同じ状況を繰り返した。そして死ぬのは今から三年後の話だ。 ◇   この部屋にいる男はサバエバ公爵。 父よりも年齢が上の貴族だった。 彼は今日、愛人のエリザベス様という伯爵夫人と逢瀬の約束をしていた。 しかし、この不倫が夫である伯爵にバレてしまい、エリザベス様は屋敷に監禁状態になっている。 エリザベス様に成り代わり、私が公爵の愛人になる。 そう決めて、私は公爵のベッドの上で素っ裸で寝ていた。 愛人ならば若いに越したことはないはずだ。 何としてでも愛人の座を射止めなければならない。 もしかすれば、公爵様の愛人ではなく妻になれるかもしれない。そうなれば玉の輿だ。 サバエバ公爵は、奥様を何年も前に亡くされていて今は独身。 父親ほど歳は離れているけれど、後妻を娶る事はできるはず。 私はぎゅっと目を瞑って、この苦行に耐えるつもりだった。
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