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私たちは街に来ていた。宿屋の二階一番奥の部屋のドアをノックする。
巻き戻った人間は特殊な魔法が使えるようになる。
それがオリバー様の考えだった。
「はいどうぞ」
中から声がして私たちは招き入れられた。
「金貨三枚だよ」
部屋の奥に頭巾をかぶった老婆がいて、彼女はオリバー様に金貨を要求した。
金貨三枚といえば、平民がひと月は余裕で暮らせる額だ。
オリバー様は何も言わずに金貨三枚を老婆に手渡す。
「お座り」
私はオリバー様に腰を押されて、老婆のいるテーブルの前の椅子に座った。
彼女は木の枝のようなものを私に向けて、紫色の粉をその付近にまいた。
そしてなにやら呪文のような言葉をつぶやくと。
ゆっくりと低い声で話し始めた。
「この子は……妊娠している」
「してないです!」
私は即座に否定する。
「……この女は、妊娠する。子を授かり、その子が無事に産まれれば緑の大地の女神が降臨し豊かな実りが訪れるだろう」
やっぱり。
やっぱりそうね。
旦那様は騙されている。金貨三枚ぼったくられている。間違いないわ。
「私は結婚していませんし、妊娠もしていません。なんなら純血ですから子を授かるのは無理です」
できるだけ苛立っている事を悟られないように、はっきりと老婆に告げた。
真剣な顔で後ろから声が聞こえた。
「承知した」
オリバー様がなぜ承知するんだろう?
まさか……
「金貨一枚」
また老婆が金貨を要求する。
オリバー様は財布からまた金貨を取り出した
「いいえ。ちょっと待って!」
私は、何とかオリバー様に金貨を出させまいと、彼の手を押さえて老婆に訊ねた。
「他に助言とかありますか?」
「子が産まれれば大地が潤い、五穀豊穣」
何故そうなるのか意味が分からない。
「ほんとに?」
「ああ」
「信用しても?なにか証拠はありますか?」
怪しすぎるでしょう。
そもそも宿屋にいる時点で、逃げる気満々じゃない。
「グレース。失礼だぞ」
これはお礼ですと言い、オリバーは金貨を老婆に渡す。
「ちょっと駄目。あの、私は魔力があるとか特別な能力があると言われてここへ来ました。すぐに結果が出ないような助言は意味がありません。子がすぐにできるはずはありませんし、なんなら一生できないかもしれません」
老婆は木の枝にまた紫色の粉をかけた。
「金貨三枚」
強欲だ。
「どうぞ」
オリバー様はなんて単純な人なんだろう。何でも信じてしまう。
もうお金があるなら、好きなようにすればいいわと、ある意味投げた。
「この子は……」
老婆が手を出す。
私は後ろを振り返り、オリバー様の財布を奪うと財布を机の上にどんと置いた。
「小出しにしなくてもいいわ。これ全部渡すから、最後まで話してちょうだい。オリバー様は貴方を信用しているみたいだし、これくらい安い物よ」
オリバー様は「えっ!」とか言っているけど。
少しくらい痛い目を見た方が目が覚めると思った。
老婆は財布をそのまま自分の元に引き寄せてマントの中にさっそく隠した。
「うぉっほんッ!」
咳払いだけ立派だ。
「あんたには雷様がついている。稲妻を用いた攻撃ができる。天候を操り雨雲を呼び寄せ、嵐を呼ぶ。暴風雨、落雷、川を氾濫させて、一晩で村一つを水没させられるくらい強力な……」
「ありがとうございました」
私はオリバー様の腕を引っ張ってそのまま宿屋を後にした。
◇
いい加減にして欲しい。今世紀始まって以来の詐欺師だった。それを真に受けて信じ込んでいるこの人にも腹が立つ。
「旦那様、しっかりして下さい」
私はオリバー様の目をまっすぐ見つめて、子供に諭すように話し始めた。
「私は今まで一度たりとも雷に関わった事はありません。普通に雷が鳴ったら怖いし、雷に打たれたこともなければ雷の音を聞いた事も数えるくらいしかない」
「ああ。わかるよ。僕もそうだった」
何を言ってるんだろう。
「とにかく。旦那様は有り金全部巻き上げられたんです」
ハハハ、と大きな声で彼は笑った。
「いつもの事だよ。財布が空っぽになるまで巻き上げられるんだ。だから初めからそんなに持ってきていなかったよ」
旦那様は悠長に笑っている。
話にならないわ。
「旦那様が、なぜあの人の事を信用しているのかが分かりません」
「確かに。君はそうだろうな」
それでもゆっくりと笑いながら、旦那様は私を馬車乗り場まで連れて行った。
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