惑う侍(まどうさむらい)

4/7
前へ
/7ページ
次へ
最近の昼休みは楽しい。 毎日、新しく入った派遣さんと自席で昼御飯を食べながら藤原君について 「目の保養だよね~」 と話している。 もちろんそこに藤原さんに推し活中あきこさんも交えてもう休憩時はきゃっきゃっと女子高状態だ。 まあ、本人がいない時に限るんだけど。 多分、そうやって騒がれるの本人は嫌だろうし。 藤原君は坂本さんの異動で仕事がかなり楽になったようで、少しずつ無表情が溶けている。笑顔を多く見せるようになって毎日キュン状態だ。 メンタルやられた人の分も仕事もしてるから 忙しいのは忙しいがそこは私がヘルプしてるし、坂本さんの分もアシストがすべき内容は私が指導をしているから派遣さんも藤原君に感謝されてる。仕事も随分楽になっている筈だ。 そうやってしばらく幸せな日々は続いていた。 「移動があるかもしれない」 私は藤原君を見た。 30分の残業をしていた時だった。 「えっいつ?どこに行くんですか?」 「まだ、示唆されてるだけなんだけど、多分次の期かな」 誰にも言わないでね、と言いながら 「大阪に枠が1つ空くらしい」 ああっ、織田本部長の本陣じゃん。 藤原君、仕事ぶりを評価されたんだろうな。 「寂しくなりますね、まあ、でも私も今期で派遣期間満了なので」 途端に藤原君は無表情になった。 「藤原君みたいに長年ここで働いて来たわけではないので、それにくらべたら多分、全然何でしょうけどやっぱり最後は皆の雰囲気が良かったから惜しい気もしますね」 「…その後、どうするの?」 「一ヶ月位休んで、また始めるかな? 今までそんな感じだったんで」 「そう…寂しくなるね」 それがその日の残業の最後の言葉だった。 週明け頃から次期の移動はかなり 規模がでかいという噂がたった。 近隣を希望している人は大移動ということはないが、この会社は主要都市に支社があるから行ける人は地方に行って3年働きランクアップして帰って来るというのがあるらしい。 私の期間満了について あきこさんも、派遣さんも悲しんでくれた。 それにありがとう、とも。 いや、大した事はしてないけどさ。 坂本さんのストーカー事件以来 一度も行われなかった送別会がある日の夜 行なわれる事となった。 (当たり前だ) 坂本さんが襲撃すると行けないからと 織田本部長の接待でよく使う行きつけのうなぎ屋さんに招待されていた。 本人はもっと上役の送別会に出るとかでいない。 和やかな雰囲気でふんわり柔らかい鰻に舌鼓を打っていると、お店の人がすっと現れて私を見る。 「失礼します」 「店に一人女性が現れまして、急ぎで伝えたいことがある、と言われまして」 「えっ?」 「織田様にはそういう輩が来るかもしれないと言われておりましたから何もお伝えせず断っておりました」 「ただ、いつになっても店の前から離れようとしないのです」 窓障子をほんの少し開けて二階から覗き見ると… 出た、坂本さん 背筋が震えるのはこの事なんだ。 「もしまだしばらくいらっしゃるようでしたら警察にしばらく預けて、その間に移動されるのがよいかと」 「ありがとうございます。その旨皆に伝えます」 部屋に戻るとまだ部屋の雰囲気は和やかで 伝えるのはすごく気が引けた、が仕方ない。 話を聞いて開口一番、藤原君は言った。 「申し訳ない」 まあ、仕方ないよね、相手が相手だから 「いや、良いよ、別にわしが狙われてれるわけじゃないし」 「美味い鰻も食べられたしな」 会社の人は一時期の坂本さんの異常さをを知っているかはら藤原君に同情的だ 「そうなったらさっさと帰宅の準備をしましょう、残ってるご飯しっかり食べてね」 あきこさんは私の肩に手をやるとそれから携帯を持って部屋を出た。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加