惑う侍(まどうさむらい)

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私は、坂本さんのゾンビ姿を見て その場で意識を失ったはずだった が実際は違っていたらしい。 あきこさんの話によると 坂本さんが警察に連れて行かれ 現場検証が始まるまで 藤原君に抱きついて 「やだ…もう…限界、私には…無理…」とグズグズ泣いていたらしい。 藤原君はその間よしよし、と私の頭をなでていた。 そしてそのまま泣きつかれて眠ったのか、意識を失ったのか 目が覚めた時、私は再びあきこさんの別邸のベットに眠っていた。 彼女の携帯と藤原君のスーツに入っていたGPSは連動していた。 会社でのストーカー行為、 昨夜の鰻屋の出来事 そして今回の警察官の前での立ちまわりで 彼女はまだ警察にいるが 仮に出る方になっても 会社は退職する事になるだろう 私は週明け会社に行って最終日の業務を遂行していた。 これからどうしようか 今まで住んでいた部屋は坂本さんに知られている可能性がある。 部屋には戻りたくないなあ 実家は兄夫婦も住んでるし あんまり行きたくないのよね。 その時、朝からずっと打ち合わせに行っていた藤原君が帰ってきた。 私を見つけると 「ちょっと良いかな」 といった。 あきこさんはにっこりと笑うと 「ごゆっくり」 と手を振った。 二人で休憩室に行くのかと思ったら 連れて行かれたのはビルから程近い質の高いいホテルのロビーだった。 お昼ご飯でも、と言われたけど メニューを見てコーヒーにした。 ピラフだけでも3000円するのだ。 「藤原さんはいつ大阪に行くんですか」 「すぐには赴任しないけど明日年休をもらって一度行こうかと思ってる」 「大阪、心機一転には良いですよね」 「明日、一緒に行かないか?」 「えっ?」 「大阪は家族で一時期住んでいた事があって その時に父がマンションを買ったんだ もう10年以上前になるから設備は古いんだけど」 確かに坂本さんの潜む東京にいるより 大阪の方が気楽かもしれない。 「こっちに帰ってからそこはすぐ賃貸にしたからずっと空き家だった訳ではないんだけど一度様子を観に行こうと思ってる…どうかな」 うん これは安全の為もあるけど 藤原くんと一緒にいる時間がいつも楽しかったから。 こんな人がこれからも近くにいたら良いな、なんて思ってしまったんだよね。 「私も行きます、明日」 途端に藤原君は無表情になった あれ、嫌だった? 次の瞬間 テーブルの向こうから 両手が出てきて 私の両手を掴んだ。 「ありがとう」 いつになく喜んでいる気がする。 手も強く握られてちょっと痛い 私は藤原君とその場で連絡先を交換して別れた。 私は気付いてなかったんだ 一緒に大阪のマンションを見に行くと言うことは 私もそこに住むことを意味するんだ、 ということに。 会社に帰ってからあきこさんにその事を指摘され、真っ赤になってしまった。 2ヶ月後の夏 私はウキウキしながらマンションに戻ると 買ってきたたこ焼きを温めなおせるようにセットし、 枝豆をゆで、唐揚げとポテトを揚げた。 暑い日の夜に揚げ物はキツイが 後のご褒美を考えたら我慢出来る。 ちょうど、料理が終わった頃 藤原君も帰ってきた。 「よく間にあったね、先にシャワー浴びたら?」 「うん」 ベランダにキャンプ椅子2つと簡易テーブルを出して作っておいたおかずを並べる。 このベランダの窓から花火大会が観れると聞いたのは藤原君の想い出話からだった。 夏の夜に家族でベランダで花火を観たと聞いた。 ここは川に近いし 昔と違ってビルは 増えてる可能性はあるけど このマンションはわりと高層だし 今もいけるのではないかと アナウンスが聞こえてきた。 花火も見えた 藤原君が冷蔵庫から缶ビールを2本持ってきてくれた。 ぷしゅ うま〜い 「今年も観れたね、めっちゃ綺麗」 「うん、なんか懐かしい気がするな」 二人でダラダラと観たり、食べたり、飲んだり、話したり なんか幸せだな。 花火が終わってお開きにした。 食べたものを片付けてる時、藤原君は言った。 「来年もまた観ようね」 「勿論」 私はもしかしたらまた藤原君に先行予約をされてるのかもしれないな、 そう思いながら缶に残っていたビールをぐっとあおった。 おしまい
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