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──それは物書きの端くれにとっては少なからず興味をそそられる話だった。
「冥界に繋がる電話?」
俺は自宅近くのコンビニから帰ろうとしていたとき、そこで聞こえた話に俯かせていた顔をゆっくりと上げた。視線の先ではこの近隣の高校の制服をまとった少年ふたりが顔を見合わせて楽しそうに語らっている。
「その話、誰から聞いたんだよ」
「……、ウチの姉ちゃん。オカルトとか心霊系に強くていつも色んな話を仕入れてくるんだよ。俺が怖い話とか無理だから『やめろ』って言っても聞き入れてくれないしさ。ひどいと思わない?」
「そりゃお前、可愛い可愛い弟クンと遊んでるんだよ。いい姉ちゃんに恵まれたなぁ」
姉から怪談を聞いた少年の表情が曇る。高校生の男にしては精悍さよりも中性的な雰囲気が目立ち、彼がやれやれと首を振った拍子に柔らかそうな黒髪がはらはらと揺れる。
「いい姉ちゃんは可愛い可愛い弟『で』遊ばない気しかしないんですけど、そこはいいのか?」
「あ、オブラートに包んでたのにバレた。いいじゃん。お前の姉ちゃん美人だし話し掛けるキッカケになるなら俺も心霊系をかじってみっかな〜……」
「動機が不純、俗物的、却下」
「急にメチャクチャ冷てえ!!まぁいいけどさ。んで、その冥界に繋がる電話ってどうやったら掛けることが出来んの?」
話を聞いていた少年は言葉と裏腹ほどよく日焼けをした顔に満面の笑みを浮かべ、話も途中のままに友達の手を取って歩き出す。「てかそろそろ帰らないと溶けちまうわ」と言ったことから袋の中身がアイスやそれに準ずるものであることを察することが出来た。俺は心の中で独りごちる。それは確かに早く帰るべきだ。
煙草を吸っている俺の横をふたりが通り過ぎていく瞬間、少年の呆れたような柔らかな声が鼓膜を擽った。
「──十三番地のはずれに今はあまり使われてない公衆電話がある。そこには『夜科蛍』って書かれた名刺があるから、その番号に電話するんだ」
それを聞いた瞬間──むっ、と。陽に炙られた空気の名残が肺のなかになだれ込んできた。臓器の内側を混ぜっ返されるような不快感に口元を押さえ視線を背ければ、少年たちの足音は次第に遠ざかっていった。
『十三番地』。そこに行けば、もしかしたら。
──今まで体験したことのないことを遂げたなら、自分の固まった殻を破って新たな境地に辿り着けるのではないだろうか。
ことを描くうえで実体験というものは何よりの強みだと思う。物語の世界は絵空事といえども、ひとさじと言わずひとつまみ程度の現実感は欲しいと考えてしまうのは理想論だろうか。
……ああ、本当ならこんな思考すらも煩わしい。考えたところで俺のペンは止まったままだというのに。
気付けば俺は短くなっていた煙草の火を消し、『十三番地』に向けてひとり歩き始めていた。
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