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2.違う
一か月前、部署内で飲み会があった。帰り道、たまたま帰る方向が一緒で、終電もなくて、奨は栗栖とタクシーに相乗りしていた。
その日の栗栖は珍しく酔っていた。笑い上戸というわけでも泣き上戸というわけでもない。タイプとして彼は最も厄介な……。
「吐く。いやほんと無理。吐く」
「吐いちゃだめです! 運転手さん! 降ります! 降ろしてください!」
多分、ここは自分の家の近くのはずだ。ざっと車窓に目を走らせて訴えると、タクシーはそそくさと停まった。吐く吐く、と物騒な単語を喚き散らす栗栖を車から引きずり出し、遠ざかるテールランプをぐったりとして見送った奨は、栗栖の肩を支える。
「栗栖さん、大丈夫ですか? 歩けます? 俺の家近いんで、寄ってってください」
「……連れ込んでどうする気だ」
言われて、こいつなに言ってんの⁉ といらっとした。しかしいらっとしつつも鼓動が大きく胸を叩いたことを自覚せずにはいられなかった。
このころにはもうとっくに、好きだなあ、と思ってしまっていたから。
この人のいつもほんわりと話す口調が好きで。
口角をほんの少しだけ上げ、目を細めて笑う、その笑い方が好きで。
書類をこちらに向かって差し出すとき、とんとん、と必ず机の上で一度揃えてから丁寧に差し出す、その手つきが好きで。
そんな彼に今、自分は肩を貸している。
くらくらする。
するけれど、今日の彼はなにか違う。
「飲ませすぎだろ。あの狸おやじ」
どうしたことだろう。今日の彼はものすごく……口が悪い。
「普通さあ、名前で呼ばねーだろ? なんであいつに夕ちゃん呼びされなきゃなんないわけ? 年下だから? それとも俺が年齢よりも可愛い顔をしているから? こちとらもう三十一だっての」
この人、自分の顔を可愛いと思っているのか。いや、可愛いけども! と悶えながら、なんとかアパートに辿り着いた奨は、苦労して鍵を開け、彼を部屋に通した。
「トイレ行きます? そこなんで……」
「君さあ」
玄関の上がり框に彼を腰かけさせると、さらりとした前髪の向こうから、彼がいつもより低いトーンで声を発した。はい? と首を傾げた奨のネクタイがぐい、と唐突に掴まれる。
「なんでいつも俺のほうばっかり見てる?」
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