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1.給湯室であなたは
今日も彼はコーヒーを飲んでいる。
芳しい香りに包まれながら、給湯室の奥に穿たれた窓から外を眺め、うっすらと眉間にしわを寄せて。
彼がなにを見つめているのか知りたくて、奈良奨は窓の外をそっと盗み見る。けれど眼下に広がるのは片側三車線の国道で、車が行き来する姿が見えるばかりだ。
「奈良くん、どした?」
しかも彼にはそんな挙動不審な行動もすぐ気づかれてしまう。
「栗栖さんがなにを見ておられるか知りたくて」
「見ておられるか」
繰り返し、奨の課の課長であり、恋人である栗栖夕はほんのりと笑う。
栗栖、という苗字ゆえ、彼のことを「クリスさん、クリスさん」と軽やかに呼んで懐いている部下は多い。小柄な人だけれど、しなやかな体躯をスーツに包んで佇んでいると、身長の低さよりもそのスタイルの良さに目が吸い寄せられる。見た目も中身もよし。こういう人もいるのだなあと感心する気持ちが、好きだなあ、に変わるまでそれほどかからなかった。
けれどこの人の魅力はそれだけではない。それを奨は知っている。
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