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「いらっしゃいませ!」
笑顔で迎えてくれたのは、ジィさんの孫、透くんの嫁さんの咲月さんだ。現在二人目妊娠中とかで、先月から引退したバァさんが手伝いに来ている。今日はいないのかなと思ったら、咲月さんの後ろから一回り小さくなったバァさんが顔を出した。
「いらっしゃい、剛ちゃん。咲月ちゃん、私がやるわ」
「有り難うございます」
狭い店内には珍しく若い男性客が一人いた。
バァさんはゆったりとした手つきで月替わりのケーキとバタークリームをたっぷり使ったケーキを銀色の小さなトレーに乗せる。スーツ姿で小綺麗な感じの男性客は、その様子をじっと見ていた。
「剛ちゃんは本当にこのバタークリームのケーキが好きね」
「ええ、まあ。もう好きというか、定期的に食べないと落ち着かなくて」
そう、俺はカトレアで昔から売られているこのバタークリームのケーキが大好きなのだ。先代のレシピを忠実に守り作られた味は、幼い頃に食べた味そのもの。
「月替りも、毎月買いに来てくれて有り難う。いつも発売日に来てくれるから、透くんも『今日は室町さんが来るから』って張り切って作ってるのよ」
「はは……」
見ず知らずの客の前であれこれ喋られるのは、少し恥ずかしい。思わず顔が赤らんだ。
ただでさえ、こちらは仕事帰りの汗臭い作業着姿なのだ。しかし、工場から一旦帰ってシャワーを浴びて着替えていたら店が閉まってしまう。昔馴染みという事に甘え、恥を忍んで買いに来ていた。
ふと視線を感じ横を見ると、先客の男性がこちらを見てニコリと笑い、ショーケースを指差す。
「僕も同じものを」
「かしこまりました!」
再びこちらを見て微笑んだので、小さく会釈し曖昧に微笑み返す。
「はーい、剛ちゃんお待たせ。780円ね」
「はい」
ショーケースの上に、ケーキが2つ入った小さな箱が置かれた。俺は財布から千円札を出してバァさんに渡す。
「バタークリームのケーキ、僕も好きなんです」
「えっ」
不意に話しかけられ、ビクリと肩が揺れた。
驚き顔で男性を見ると、彼は穏やかに笑っている。
「月替わりも美味しいですよね」
「あ、ええ…」
お釣りを貰いながら反応に困っていると、咲月さんがニコリと笑って口を開いた。
「門倉さんも、『スイーツ男子』なんですよね!」
すると門倉と呼ばれた男性は照れ臭さそうに頬をかいた。
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