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「スイーツ男子?」
初耳だ。
俺が首をかしげると、咲月さんが説明してくれた。
「室町さんや門倉さんみたいに、甘いものが好きな男の子って意味ですよ」
「いや、もう俺男の子って年齢じゃないし…」
「僕ももう三十路も半ばを過ぎた歳で…」
二人してタジタジ、となって答えると咲月さんは可笑しそうに笑った。
「そうですか?お二人とも、ケーキを見ている時の顔はまるで少年みたいにキラキラしてますよ?」
「「えっ」」
思わず隣にいた門倉くんと顔を見合わせた。
「スイーツ男子仲間ですね!」
満面の笑みで見送られ、困惑しながら二人して店を出た。
「あの、」
さぁ帰ろうと歩きだすと、門倉くんに呼び止められ振り向く。
「僕の周りに甘いものが好きな男性ってあんまりいなくって……良かったら、友達になって頂けませんか?」
「えっ」
驚いて目を見開くと、門倉くんははにかみながら言葉を続けた。
「僕、オシャレなカフェとかは苦手なんですけどスイーツが好きで……テイクアウトして家で食べたりお取り寄せしたりしてるんです。美味しいし、楽しいんですけど…共有できる仲間がいたらいいなってずっと思っていました。だから」
「そういうのは彼女とかに頼んだら……」
「いないんです」
「え!」
素直に驚いた。門倉くんは控え目に言って今風のイケメンだ。てっきり、引く手数多だと思った。
「僕の趣味がスイーツ巡りだって知ると、女々しいってガッカリする女の子が多くて……」
寂しそうに笑う顔を見て、胸がぎゅっとなった。
俺自身、見た目と好きなもののギャップに幻滅された過去があるからだ。ゆえに、この歳でも独身な訳だが。門倉くんの気持ちが、痛い程分かる。
「…………そっか。俺で、良ければ」
気付いたら、そう言っていた。
すると門倉くんの顔がパァッと明るくなる。
「本当ですか?!嬉しい!有り難うございます!僕、門倉です!門倉祐樹って言います!」
「……俺は、室町剛。宜しく。門倉くん」
彼はぎゅっと俺の手を握った。
「宜しくお願いします!室町さん!」
それから互いに連絡先を交換し、帰路に着いた。
帰宅してシャワーを浴びてから珈琲を入れ、バタークリームのケーキをほおばる。
珈琲を含んだ後の熱い舌の上でスッと溶けるクリーム。口内に広がるバターの芳醇な香り。そして、喉をゆっくりと落ちていく咀嚼された甘いケーキ。
恍惚として目を閉じる。
「バタークリームのケーキ、僕も好きなんです」
彼も今、同じようにこのケーキを食べているのだろうか。食べながら、何を思っているのだろうか。
……俺を、思い出したりしているのだろうか。
そう思った途端、どうしようもなく悶々とした落ち着かない気持ちになり、珈琲を口に含む。ケーキを食べた後の口で飲んだブラック珈琲は、仄かに甘かった。
……きっと、この落ち着かない気持ちはケーキのせいだ。
だからと言ってバタークリームのケーキが好きな事に変わりは無いし、ケーキに罪はない。
もう一口ケーキを口に運ぶ。
「美味いなぁ」
スイーツが好きな人に悪い人はいない。
人懐こそうな彼の笑顔に好感を持った。
「門倉祐樹くんか……」
呟いた言葉はバタークリームのケーキように
甘くゆっくり喉を落ちていった。
おわり
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