舌先三寸

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 日曜日、嵐山龍馬は居酒屋ゆうの軒先に桔梗の花を立て掛けた。それはまるで事故現場に手向けた献花の様で申し訳なかったがそれしか方法が思い付かなかった。 (ーーーー)  斜め向かいの喫茶店でその様子を窺い見ていると開店準備で出勤して来た由宇は桔梗の花に目を落とし躊躇(ためら)いながらもそれを手に取った。そして桔梗の花が店先に捨て置かれる事はなく嵐山龍馬は幾らか安堵した。  そして月曜日、嵐山龍馬が勤務する営業部フロアに衝撃が走った。嵐山部長の左頬には酷い青痣(あおあざ)が出来、部下の結城源文(もとふみ)の右手には白い包帯が巻かれていた。これは明らかに2人になんらかの(いさか)いが有った事は明白で本部長に呼び出された。 「なにが原因なのかね」 「酒の席で私が悪酔いしました」 「嵐山くんが?嵐山くんは下戸じゃなかったか?」  本部長は源文を怪訝な顔で見上げた。 「結城、結城くんだったね。なにがあったんだね」 「言いたくありません」 「結城!」 「言いたく無い、と」 「はい、言いたくありません」 「結城、止めないか」 「言いたくありません」  結果、本部長は処分決定まで2人に自宅待機をするように命じ、嵐山龍馬と源文は同じエレベーターに乗った。嵐山龍馬がその背中に声を掛けようとするが壁を向いたままの源文はそれを暗に拒絶した。 「源文くん、私的な事(プライベート)で私に非があると言ってくれれば良かったのに」 「ーーーー」 「今からでも間に合う。本部長に進言すれば処分は免れる」  源文は厳しい目で睨み返した。 「自分の母親と上司があんたが浮気して俺が殴ったって本部長に言えば良かったんすか」 「それは」 「それじゃあんた困るだろう」 「源文くん」 「部長と平社員の俺じゃ立場が違ぇんだよ、あんたの信用ガタ落ちじゃねぇか」  監視カメラがあろうがなかろうが源文はその衝動を抑えられなかった。源文は嵐山龍馬の襟元を掴み上げると吐き捨てた。 「母ーちゃんの相手は俺の父ーちゃんになるんだよ!父ーちゃんが降格処分とかあり得ねぇだろうが!」 「んっ、もと」 心の声A(源文のが大人) 心の声B(本当に、良い子すぎる) 心の声C(涙や) 心の声D(こりゃ死ぬまで頭上がらんな)  臙脂色(えんじいろ)のネクタイは締め上げられ嵐山龍馬は声を発する事が出来なかった。 「母ーちゃんとこ行けよ!土下座して来いよ!」  掴んでいた手が離され嵐山龍馬は壁に寄り掛かった。 「2度目は無いからな!次やったら許さなねぇからな!」 「すまなかった」 「言う相手間違えてねぇか!早く行けよ!」  スーツの背中には28cmの革靴の痕が付いた。 「すまなかった!」 「ごちゃごちゃうるせぇな!今度GODIVA買って来いよ!」 「本当にすまなかった!」 心の声一同(源文の漢気に全米が泣いた)  嵐山龍馬は街を流すタクシーに手を挙げると後部座席に乗り込んだ。 「市役所、市役所までお願いします!」  源文はその大慌て振りを見送りため息を吐いた。 「ま、俺も変わんねぇしな、男ってしょうもな」
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