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出会い
穏やかな朝の日差しの中、嵐山龍馬は左肩に感じる温もりと鼻先をくすぐる薔薇の香に微睡みながら心地よい幸せを感じていた。
(こんなに穏やかな朝を迎えたのは久し振りだ、薔薇の香か)
ただ、嵐山龍馬の1番目の妻が好んで身に着けたオードパルファムは爽やかな柑橘系、2番目(現在離婚届提出待ち)の妻は淫靡な女性を思わせる白檀の香だった。
(薔薇、薔薇、ばーーら)
落ち着いた甘さの中に感じるほろ苦さ、この懐かしい香は早くに亡くした母親のワードローブを思い起こさせた。
(薔薇、だと!?)
然し乍ら自身の秘書や周囲の女性(男性含む)でこの香を身に着ける人物に心当たりが無かった。目を見開くとぼんやりと天井が見えた。いつもの銀縁眼鏡を手探りで探してみたが定位置にそれは無く見覚えのないiPhoneがあった。
(ペールピンク、じょ、女性か)
隣に横たわる温もりは柔らかな肉付きで頬に掛かる髪の毛は絹糸の長い黒髪だった。
(こ、これは確実に女性、そして此処は私の部屋では無いーーー!)
視線を動かすと無垢材の優しげな家具、観葉植物が空調に葉を揺らしていた。心臓が跳ね、血管を血が逆流している様な感覚に陥った。けれど今はその動揺さえ隣に寝ている女性に悟られてはならない。
(な、何故こうなった、何故!)
嵐山龍馬は記憶を手繰り寄せた。
市役所に行き提出した書類が離婚届ではなく婚姻届だと言われ腹が立った → 苦虫を潰した顔で会社に戻ると呑気な部下に飲みに誘われた → 呑気な部下の母親の店に連れて行かれた → (イマココ)
(今、此処とはーーまさか結城の母親と!?)
離婚届が未提出である自分は妻帯者、妻帯者である身で部下の母親と一夜を共にする事など許される行為ではない。手に汗を握った。
「ふーーー不倫じゃないか、しかもW不倫ーーーっ!」
その叫び声で由宇が目を覚ました。由宇は片肘を突いて半身を起こすと嵐山龍馬へと振り向いた。白く細い手が長い髪を掻き上げ、伏目がちな瞳の物憂げな表情、キャミソールから覗く白い乳房、乳首の陰影、嵐山龍馬はその仕草全てに釘付けになった。
(うっ、ド直球でストライクでバッターアウトの好みのタイプ!)
意図せず嵐山龍馬の股間は熱を持ち起立した。形状の変化に気付いた由宇は悪戯心でそれを優しく撫でて耳元で囁いた。
「これが15分間」
「なっ、何故それを!」
「あら、昨夜ピーーーーーされたじゃないですか」
「ピーーーーってなんですか!」
「うふふふ」
嵐山龍馬はベッドから飛び起きると慌ててワイシャツを羽織りスラックスを穿いた。スーツを腕にビジネスバッグとネクタイを手に深々と頭を下げた。
「15分間で申し訳ありませんでした!」
「ーーーはぁ」
「この件に関しましては後日お詫びに伺います!」
「まぁそんなご丁寧に」
「失礼致します!」
撫で付けた髪はバラバラと崩れ、慌てふためき革靴ですっ転んだ。由宇が玄関先まで見送ると急いでいる割に悲しい男の性か足の爪先から頭の天辺まで凝視して玄関の扉を閉めた。
「あらら、15分間お試ししちゃったと勘違いしたのね」
由宇は第2の人生がちょっとだけ(かなり)楽しくなった。
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