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嵐山龍馬は由宇の両手首を掴むと必死な形相で「違うんです」を繰り返した。由宇はこの文鳥の賑やかしい囀りを右から左に聞き流して伏目がちに斜め45度で呟いた。由宇はこの角度がいちばん魅力的に見える事を知っていた。それは居酒屋で売り上げが倍増する点で実証済みだ。
「じゃあ、嵐山さん。誠意をみせて下さいますか」
「せ、誠意」
「はい、奥さまと別れて下さいますか」
「もっーーーー!」
文鳥は勿論と言い掛けてその嘴を噤んだ。市役所で緑枠の離婚届用紙は入手した。然し乍ら肝心の相手が行方不明で離婚届を提出する事が出来ない。
(ーーーどっ、どうしたら!)
離婚後の女性は100日間の再婚禁止期間が設けられ婚姻は不可能、然し乍らこの機会を逃し由宇が誰か他の男性と懇ろな仲になってしまっては元も子もない。嵐山龍馬にとってド直球でストライクでバッターアウトの好みのタイプである結城由宇はなんとしても逃したくない女性だった。
(どうしたら!)
「奥さまと別れて下さいますか」
「そっそれは」
由宇にとってもこのハイスペックで可愛らしい文鳥は第2の人生とまでゆかなくとも恋愛相手としては最高の相手だった。
(結婚なんて望めないわ、あの嵐山の嫡男だもの身分が違いすぎるわ)
所詮田舎者の水商売の女、文鳥も自分をその程度の女としか思っていないだろうと由宇はやや自暴自棄気味でこの状況を愉しむ事にした。
「ーーー嵐山さん」
由宇は囁きながらその手のひらに口付けた。
「ゆっつ、由宇さん!」
文鳥は羽根をばたつかせるとそのまま由宇をカーペットの上に押し倒し、珈琲カップの中で冷めた珈琲が漣を立てた。
「あ、ん♡」
その唇は額を啄み頬を啄み唇を軽く味わうと舌先が首筋を舐め始めた。
(まんま、まんまおんなじーーーー!)
夜のお悩み相談室で聞いた順序そのままで愛撫を始めた嵐山龍馬の行為に由宇は吹き出すのを堪え快感を味わう所の騒ぎでは無かった。
(次は、次は胸よね)
わくわくしているとやはり文鳥は由宇のTシャツを捲り上げその突起に吸い付いた。
(え、え!?)
今のいままで順序厳守の愛撫を小馬鹿にしていたが乳首に関しては意外と技ありで甘く蕩けた。小刻みに触れる舌先、乳輪を舐めとる熱い舌の感触。
「あ」
由宇は思わず喘ぎ声を漏らし脚を嵐山龍馬の腰に巻き付けた。然し乍ら小ぶりな乳房を掴んだ瞬間、その身体が離れた。
「こっ、これではいけない!」
「なにがですか」
「こんな不謹慎な!」
「不謹慎」
「結城くんのお母さんと!」
「お母さんといっしょですか、私、あの夜の女性と同じ人物なんですけど」
「それでも駄目です!」
文鳥はテーブルの上の甘い珈琲を飲み干すと床に額を付けて平謝りをし「ごちそうさまでした!」と声を大にして玄関へと向かった。
「嵐山さん!」
「お邪魔しました!」
取り残された由宇は茫然自失、文鳥との恋は前途多難だった。
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