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「そこでだ、結城くん」
源文は営業の成績が伸びている件について嵐山部長のデスクに呼び出された。その時既に部長は文鳥と化していた。
「此処での立ち話もなんだ、あの、そのファミレスに行かないか」
「はぁ、ファミレスっすか」
「今夜19:00に109スクエアのサイゼリアで会おう」
「はい、了解っす。奢りっすか」
「なんでも食べてくれ」
「あざーーーす」
18:50
木曜日の夕方は小雨が降っていた。紺色の傘はエントランスで水滴を払うと濡れた肩をハンカチで拭いた。
ピンポーーン
「いらっしゃいませー、1名さまですか」
「いや、待ち合わせだ」
源文は既に窓際の席でミートソースパスタを口に運んでいた。
「待たせた」
「いえ、俺も今来た所っす。部長、接待は良いんすか」
「係長に行って貰った」
「そうっすか」
今来たと言いつつ源文の傍らには食べかけのピザが並んでいた。
「メニューはお決まりですか?」
「ドリンクバーで」
「はい、グラスはあちらにございますのでご自由にどうぞ」
「ありがとう」
文鳥は震える指先でグラスを持つと氷を3個、続いてメロンソーダをなみなみと注いだ。喉が渇く、兎に角なにかを口にしなければ倒れそうだった。席に腰掛けストローの紙袋を破くと蛇腹折にしてテーブルに置いた。そこでおもむろに源文が口を開いた。
「部長、母ーちゃんの事っすか」
源文の先制攻撃に度肝を抜かれた文鳥はメロンソーダが喉に詰まり思わず目と鼻から吹き出しそうになった。
「そっ、それは」
「そうだと思ったんすよ。部長、月曜から変っすよ」
「そ、そうか」
「母ーちゃんとこにチョコ持って行ったんすよね」
ブホッつ
メロンソーダのグラスの中に気泡が出来た。
「そっ、それは」
「あざーす俺もGODIVA好きなんすよね」
「そうか、なら良かった」
「てかあんな高ぇもんどうしたんすか」
「あぁ、金曜の晩に世話になったお礼だ」
源文は文鳥を凝視した。
「あれ?帰ったって言ってませんでした?」
「そっ、それは」
「色々あったみたいっすね」
「す、すまない」
「良いっすよ、いい歳したもん同士仲良くしてくれれば俺も嬉しいっす」
「源文くん」
ただ源文の目は真剣でまるで別人の様な面立ちをしていた。
「部長」
「なんだ」
「うちの母ーちゃん、馬鹿親父の不倫で離婚してあれでも一応落ち込んでるんすよ」
「ああ、聞いた」
「部長が遊びで手ェ出したんなら俺、此処であんたの事ぶん殴るかもしれないっす」
「ーーーー」
「どうなんすか、あんた奥さんと離婚する気はあるんすか」
「その件についてなんだが」
嵐山龍馬は左手の薬指を差し出して見せた。
「あれ、指輪はどうしたんすか」
そして自身の名前と本籍現住所、父親との続柄を記入し印鑑を捺した離婚届をビジネスバッグから取り出してテーブルの上に広げた。
「あとは相手の名前を記入するだけだ」
「マジすか」
「但し、相手が見つからない」
「なんすかそれ」
「LINEはブロックされる、電話は着信拒否、連絡の取りようがない」
「はぁ」
「どうしたら良いのか分からない」
源文は呆れ顔で最後のパスタを啜った。周囲にトマトソースが飛び散り嵐山龍馬はスーツに飛んだソースをおしぼりでトントントンと叩いてシミ取りをした。
「部長、興信所に頼めば良いんじゃないすか?」
「ロンドンに居るそうなんだが」
「ロンドンで暮らすんすか」
「旅行だと思う」
「帰って来た頃に探して貰えば良いんすよ」
心の声A(さすが俺の息子!)
心の声B(まだ違いますよ!)
「ーーーそうか!その手があったか!」
「普通、思いつきますよ」
「そうか!」
心の声C(よし、由宇に告白!賛成の人挙手!)
心の声A(GOGO!)
心の声B(まだ早くないですか)
心の声C(賛成多数で可決で良いか)
心の声B(えーー、振られても知りませんよ)
「よし!」
「なにがよし、なんすか」
「頑張って来る」
「なにを頑張るんすか」
「よし!」
文鳥は一万円札を源文に渡すと慌ただしく席を立ち雨の街へと飛び出した。
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