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タクシーの後部座席の扉が開いた。
「支払いはチケットで頼む」
「はい、いつもありがとうございます」
前髪を掻き上げた嵐山龍馬はスーマートでスタイリッシュな動きでタクシーを降りた。
「ありがとう」
ところがマンションの自動扉を跨ぐとその動作は様変わりした。足は縺れ御影石のエントランスをぎこちなく横切りエレベーターのボタンを連打した。
「あ」
由宇の紅が薄っすらと残る唇が箱の鏡に映った。
心の声A(ああああああ!)
嵐山龍馬は小走りで廊下を駆け抜け慌てた手付きで玄関の扉を解錠し革靴を脱ぎ散らかすと湿ったスーツのままベットに飛び込んだ。
「あああああ!」
羽毛布団に包まって身悶えする姿は普段の嵐山龍馬とは程遠いものだった。
「キス、キスしてしまった!」
心の声B(あんな激しいキス!淫らな!)
心の声C(最高だろう)
心の声D(キスぐらいでなに騒いでんだよ、もうやったんだろ?)
心の声A(おまえ誰)
心の声B(あなたはどなたですか)
心の声C(見掛けない声だな)
「しっ!しかも明日も来て下さいだと!?」
初めて由宇の部屋で世話になったのは金曜日の夜だった。嵐山龍馬の鼻息は荒く心臓は跳ね上がり血管の中では血が逆流していた。
「明日は金曜日じゃないか!」
ふたたび思い返す初めての夜(記憶はないが)、そして朝の日差しの中の由宇はしどけない下着姿だった。
心の声B(あっ!あれが必要ですよ!)
ベッドから勢いよく起き上がるとナイトテーブルの引き出しを開けた。喉仏が上下し唾を飲み込んだ。
心の声C(久しぶりに見たなぁ)
2番目の妻は1年前から不倫していた。当然その期間中に嵐山龍馬と妻の間に夫婦の営みは皆無だった。未開封のコンドームの箱を取り出し製造年月日と使用期限を確認した。
心の声D(心置き無く使えるな!)
心の声A(15分だけどな)
そこでふと気が付いた。
「先週はどう処理したのだろうか、まさか」
手に汗を握る。
「まさか、由宇さんの中に出したのか!?」
心の声A(どうするんだよ)
心の声B(これは責任を取るしかないですね)
心の声C(婚姻届も貰って来れば良いんじゃない)
心の声D(まず20分を目指そうぜ、話はそれからだ)
小箱の中から小袋を取り出しひとつずつ切り離すと長財布の中に入れた。
「3、4個あれば足りるだろう」
心の声D(どんだけする気やねん!)
冷静になった嵐山龍馬はスーツをハンガーに掛けるとちまちまとシワを伸ばししわ取りスプレーをしゅっしゅっと吹き掛けた。そして革靴に新聞紙を詰め込むと左右を揃えて玄関に置いた。
「あとは」
クローゼットのタンスから未開封の肌着とトランクスを取り出しベッドの上に並べて腕を組んだ。
「明日の会議は紺色のネクタイ。下着も紺で統一すべきか」
心の声A(そこまで組み合わせる必要ある!?)
心の声B(お洒落も大事ですよ)
心の声C(やる気満々って感じがしないでも無い)
心の声D(部屋に入ったら即突入で良いじゃん)
「無難にこれにしておこう」
それは青系のペイズリー柄だった。
心の声一同(なんでそれを選ぶかなぁ)
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