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プラザ寺町510号室 01時00分
由宇は嵐山龍馬がこの部屋に謝罪に来た時、遅かれ早かれこんな夜が来るだろうと予想しあらかじめ彼の部屋着と肌着を準備していた。
「これは」
「いつか嵐山さんがお泊まりにいらっしゃるだろうと思ってご用意しておきました」
洗面所には青い歯ブラシ、真新しい髭剃りも準備されていた。
心の声一同(ーーーーーー女神か!)
そこで嵐山龍馬はビジネスバッグの中からクリアファイルを取り出した。それは緑色の枠で囲まれていた。
「ーーー離婚届、ですか?」
「はい」
以前、市役所の戸籍住民課で嵐山龍馬と受付担当者の一悶着を目の当たりにしていた由宇は笑いを堪え、まるでそれを初めて見るかの様な振りをして見せた。
「離婚されるのですか?」
「はい」
「お相手のお名前がない様ですが」
「手違いで書き直す必要があり現在手続き中です。私は前の妻から慰謝料を受け取っています。書類上は夫婦ですが実質は他人です」
「面倒なお話しですね」
「はい、面目無い」
由宇はクリアファイルを返した。すると嵐山龍馬はビジネスバッグからもう1枚のクリアファイルを取り出し由宇に手渡した。
「これ、は」
そこには嵐山龍馬の氏名、本籍、現住所、父親の名と続柄、2人の証人の名前が既に記載され印鑑が捺されていた。
「幸薄そうな茶色ですね」
「由宇さんもそう思われますか?」
「は、はい」
それは婚姻届だった。
「由宇さん」
「は、はい」
「私と結婚を前提にお付き合いして下さい」
「結婚を前提に、ですか」
由宇はクリアファイルを返すと床に指を突き深々と頭を下げた。
「由宇さん?」
「ありがとうございます」
「では、ご了承頂けるのですか!」
「いいえ、私たち出会ってまだ1週間です」
「そうですね」
「嵐山さん、私も嵐山さんももう良い年齢ですから惚れた腫れたで結婚する訳にはゆきません」
「そうかもしれませんが」
由宇はその手を握った。
「嵐山さん、これからは良い関係で、ね?」
「由宇さん」
嵐山龍馬の耳元でそう囁いた由宇はワンピースのボタンをゆっくりと外し始めた。
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