結城 由宇

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結城 由宇

 白い壁、リネンのカーテン、無垢材の家具、淡い緑で統一された家電製品、自然で穏やかな雰囲気は住む人の気質を表しているかのようだった。リビングテーブルを挟み向き合う男女、男性の隣には桜色の髪をした若い女性が座っていた。 「この方が、そうですか?」 「あぁ、俺はこいつと第2の人生を歩む」 「そうなんですね」  由宇(ゆう)はその女性を凝視した。確かに由宇とは正反対、愛嬌のあるたぬき顔、豊かな胸、そして溌剌とした若さ。表面では余裕の笑みを浮かべたが腹の中は怒りで煮え繰り返った。 (このクソ色ぼけじじいが!金目当てに決まってるだろうが!ごるあ!)  目の前でふんぞり返っている男性は由宇が25年間連れ添って来た伴侶だ。息子の源文(もとふみ)が大学を卒業し外資系企業に無事就職、これから2人で第2の人生を謳歌する予定が未定で大幅に狂ってしまった。 (それもこれもこの(あま)の所為で!)  由宇とこのは2人でこぢんまりとした居酒屋を営んでいた。そこにアルバイトとして雇われた女性がピンクちゃん。由宇が休みの日に2人でお愉しみというお粗末な話だった。 「わかりました」 「そうか、ならこの離婚届にサインしてくれ」  腹の立つ事にボールペンと印鑑、朱肉、本籍が分からないと困るだろうと戸籍謄本まで揃えて準備万端だ。由宇は期待に目を輝かせる2人を前に黙々と氏名、本籍、住所を離婚届に書き込み印鑑を捺した。 「これで良いですか」 「ああ、助かった」 (なにが助かったじゃ、をい!) 「慰謝料200万円は明日にでもゆうちょ銀行に振り込んでおく」 「親権はどうしますか」 「そんなもん要らんわ」 (老後に泣くがいいわ、ばーかばーかって、成人は親権関係ないか)  それをソファに座って眺めていた源文(もとふみ)が鼻で笑った。 「母ちゃん、こんな強欲じじいと縁が切れて良かったじゃん」 「源文!父ちゃんに向かってなんだその言い草は!」 「もう他人だろ」 「ーーーくっ!」 「離婚の慰謝料を値切るとか聞いた事ねぇよ」 「うるさい!」  由宇は離婚届をクリアファイルに入れるとリビングテーブルに置いた。 「なんだ」 「これはあなたが出して来て下さい」 「無理だ忙しい」 「なにが忙しいんですか(無職の癖に!)、私もお店が忙しいのでお願いします」 「俺は明日からこいつと沖縄旅行だ」 「はぁ、さいざんすか(はい、死亡フラグ、鮫の餌になれ)」  こうして結城由宇(ゆうきゆう)はシングルな母親となった。
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