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離婚届
熱く甘い夜が明けた。
「ご指南ありがとうございました」
「こちらこそ良くして頂きありがとうございました」
朝の日差しの中、正座した由宇は首を横に振り何度も断ったが嵐山龍馬は断固として譲らず婚姻届をその手に押し付け床に頭を擦り付けた。
「ご検討下さい」
「もう結婚という年齢でもありませんし」
「ご検討下さい!」
「嵐山さんって頑固者なのね」
「ご検討下さい!!」
縁を結んだ以上、見送るその後ろ姿に縋りたい感情がない訳でもない。時々振り返る笑顔に惹かれていないと言えば嘘になる。然し乍ら50歳間際で再婚など夢のまた夢だ。
「物珍しいだけよ」
居酒屋の女将が大企業の嫡男と結婚なんて有り得ない。1番目の妻は大学院で知り合ったという才女、2番目の妻は慰謝料300万円現金一括で支払える何処かのご令嬢といったところだろう。
「私には無い無いづくしだわ」
由宇はため息を吐いた。
「いらっしゃいませ、あら」
「こんばんは」
そんな女心を知ってか知らずか嵐山龍馬は日1日と明けず居酒屋ゆうに通い日本酒をお猪口に2杯だけ口にして帰って行った。そして金曜の晩はもやしのひげ根を取って口付けを交わし由宇の部屋で熱い夜を過ごした。
「由宇さん、考えて下さいましたか」
「気持ちは変わりません。このままの関係で良いでは無いですか」
「頑固な人だ」
「嵐山さんも頑固だわ」
また、薄茶枠の婚姻届に名前を記入した2番目の妻の行方は一向に知れず嵐山龍馬の離婚成立は難しいと思われた。
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