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そんなある日、少しばかり驚く事があった。
(珍しいわね)
金曜日の夜だというのに嵐山龍馬が簾暖簾を挙げる気配が無かった。
「源文、今夜は接待でもあるの?」
「誰がだよ」
「だっ、誰がって」
普段は「絶対結婚しない」とつれなくしつつもその姿が無ければ寂しさが募る。由宇は我が身の勝手さを噛み締めつつ冷蔵庫を覗いた。
「あら、お醤油が」
醤油が切れていた。
「困ったわ」
同僚と飲みに来ていた源文に店番を頼み財布を握った。ふと携帯電話が目に付き何気なしにそれも手に取った。
「源文、ちょっと出て来るから店番お願いね」
「うぃーーーっす」
「もう、その言葉遣いなんとかしなさい」
「うぃーーーっす」
いつまでも学生気分が抜けない我が子を情けなく思いながら煌びやかな繁華街へと向かった。醤油を買い物カゴに入れたところで青果市場に良い具合に熟れたゴールドキウイが並んでいた。
(嵐山さん、お好きだったわよね)
そう考えるだけで浮き足立つ自分がいる事に驚いた。身体を重ねるうちに情に絆されたのか事ある毎にその笑顔を思い出す様になっていた。
「ーーーーあ」
精算し大通りで顔を挙げると対向車線の歩道に嵐山龍馬の姿を見付けた。人波に紛れているが誰よりも頭ひとつ分上背があり見間違える事は無かった。
(あら、今からお店にいらっしゃるのかしら)
携帯電話を取り出し嵐山龍馬の電話番号をタップした。ところがその隣には栗色の巻き毛の女性の姿があった。華やかで上品な雰囲気は高級クラブのママの風格があり2人は仲睦まじく腕を組んで歩いていた。
RRRRRR RRRRRR
由宇からの着信に嵐山龍馬は携帯電話を取り出して見たが番号を確認したにも関わらずそのままポケットに仕舞い込んだ。
(ーーーやっぱり)
嵐山龍馬の様な人物が裏通りに在る居酒屋の女将に本気になる訳など無いのだ。由宇は2人の姿から目を逸らして暗がりへと踵を返した。
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