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タクシーは金沢城址公園の裏手に建つマンションのエントランスに横付けされた。見上げる外観は大理石だろうか、ダウンライトに照らされた名称は南町レジデンス、嵐山龍馬から受け取ったメモの住所で間違いは無かった。
「こんな、こんな立派なマンション」
由宇の足は竦んだ。立地からして高級なマンションだと思いクローゼットの中から上質なジョーゼット生地で仕立てた鶯色の膝丈ワンピースを選んだ。慣れないローヒールのパンプスを履き、髪はヘアアイロンで軽く巻き、プラチナのピアスで顔まわりを飾り立てた。
(これからお別れを言われるかもしれないのにお洒落して馬鹿みたい)
エントランスにはインターフォンが有り部屋で開錠されないと中に入れない仕組みだった。由宇はメモ書きにある510号室の番号を押した。ボタンを押し「ーーあの」と声を掛けたところで自動ドアが開いた。
(モニターが付いているのね)
エントランスフロアは心地よい香が漂い中央に置かれた本革張りのソファの脇には見事な枝葉の観葉植物の植木鉢が置かれていた。天井には煌びやかで上品なシャンデリアが揺れ、大理石の床に由宇の姿を映し出した。ため息が漏れた。
(突然連絡も無しに来るなんて呆れるわよね)
ガラス張りのエレベーターからは金沢城の天守閣と遠くに兼六園の緑が見渡せた。15階、この最上階に住んでいる男性が自分の恋人であるとは到底思えなかった。セカンドバッグの中には白いハンカチに包んだ高級時計、そのムーヴメントが回る毎に心臓が破裂しそうになった。
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