離婚届

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 後悔先に立たずとはこの事。 (ど、どうしたら!) 心の声A(まずはこいつをどうにかしろ!) 「あ、ちょっ!」 「おまえとはこれで他人だ!」 「あ、そう。お元気で!」 「おまえもな!」  嵐山龍馬はからマンションのシリンダーキーを取り上げて廊下に締め出した。 「お客さんどこまで」 「しっ、市役所まで、市役所までお願いします!」  離婚届を手にタクシーに乗り込んだが赤信号で立ち往生「此処で良いです!」と後部座席のドアを開け放ち一目散に市役所まで走った。 (な、なんでこんな事に!) 心の声B(自分のせいですよ!)  自動扉に鼻先を()つけながらロビーに飛び込んだが金曜日の市役所は兎に角混んでいた。 「順番の列に並んで下さい」 「は、はいっ!」  戸籍住民課の待合で自分の番号が呼ばれるのを待ったが電光掲示板は異なる数字を灯しては消えた。 心の声A(やっちまったな) 心の声B(そんな気はしていたんですよ) 心の声C(俺ってこんな人間だったのか) 心の声D(仕方ねぇじゃん、男なんてこんなもんだろ) 心の声A(いや、駄目だろ!) 心の声B(懺悔、懺悔あるのみ!) 心の声C(起死回生!起死回生!) 心の声D(黙ってりゃわかんねぇよ)  由宇になんと弁明すれば良いのか、いや、弁明というよりは謝罪だ。元夫の不倫が原因で離婚した恋人を裏切ってしまった。 (なんと申し開きをすれば、いや弁明も申し開きも一緒だろう!)  脳内で謝罪の言葉を反芻(はんすう)しているとようやくその番号が電光掲示板に表示された。 (38番)  何処かで見覚えがある数字だが今はそれどころでは無かった。 「身分を証明出来るものはございますか?」 「ーーーはい!」  由宇との関係は座礁に乗り上げてしまったが離婚届が受理された今、嵐山龍馬は晴れてひとり身となった。 (つっ、次は、由宇さん!)  人混みを掻き分けいつもの花屋に立ち寄った。 「桔梗の花、1本で宜しいでしょうか」 「はい、お願いします!」  毎週金曜日は桔梗の花を手に由宇に会いに行った。この2週間は離婚届の印鑑欲しさとはいえ欲情に溺れ由宇に対して不義理な事をしてしまった。これで許して貰えるとは思えないがこの花を理由に会いに行こうと思った。 (源文(もとふみ)くんには殴られるな)  肩で息をし額の汗を拭った嵐山龍馬は居酒屋ゆうの暖簾の前に立った。
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