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嵐山龍馬は恋が終わる瞬間を悟った。
(終わりだ、もう終わった)
元妻とのあんな事やこんな事が無ければ嵐山龍馬は南町レジデンスを売却し居酒屋ゆうに程近い犀川沿いの分譲新築マンションに移り住もうと考えた。ただそれも由宇が望めばの話で居酒屋を畳んでも良いというのならば金沢市郊外に家を建て2人で余生を楽しもうとまで夢を膨らませていた。
「これ、見覚えあります?」
「はい?」
リビングテーブルには市役所で配布されている手続き順番待ちのレシートが置かれていた。日付は2024年5月17日金曜日、番号は38番だった。先程の戸籍住民課の窓口で嵐山龍馬が手にした番号も38番だった。
「これは?」
由宇はあの騒動を笑いを堪えながら語り始めた。
「嵐山さん、婚姻届を離婚届と間違って窓口に出されたでしょう」
「そうです」
「婚姻届を幸薄い茶色だと大暴れ」
「お、大暴れはしていないと思いますが。どうして由宇さんがそれをご存知なのですか」
由宇はそのレシートの3の数字にボールペンで線を足して見せた。3は8になり38番は88番になった。
「ーーーーあっ!」
「その時、知らない女性と結婚する事になりませんでしたか?」
「あぁ、確かに受付カウンターで`おめでとうございます`と言われました」
「その時、順番が違いますよと言われませんでしたか」
「あぁ、確か着物を、着物」
「そうなんです、あの時嵐山さんの隣にいた女性が私なんです」
心の声A(まじかーー!)
心の声B(あ、そうかも)
心の声C(見覚えあった)
心の声D(それで一目惚れ)
心の声E(これって運命の相手よね♡)
「私が38番」
「はい、嵐山さんが38番で私が88番でした」
そうだ、あの雨の金曜日。混雑していた列に並んだ挙句に離婚届が緑色だと窓口で告げられ腹が立ち自動扉で鼻先を打つけた。気分を害して会社に戻ると能天気な部下が「母親の居酒屋行きませんか」と誘って来た。
「あの女性が、由宇さん」
「はい」
「いつから私だと」
「初めてお店にいらした時から、あらまぁ掃き溜めに鶴だと思いました」
「掃き溜めに鶴」
「鶴は恩返しでチョコレートを持って来てくれましたけどね」
嵐山龍馬は歪な88番のレシートをまじまじと見た。
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