エピローグ

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 雨の金曜日、蝉時雨が降り注ぐ広坂大通り(ひろさかおおどおり)には夏祭りの提灯やぼんぼりが点り賑やかだった。青々とした桜並木を歩いて来る和装の女性は仕立ての良いスーツにネクタイを締めた男性と手を繋ぎながら金沢市役所の自動ドアを踏んだ。  婚姻届の手続きは戸籍住民課の窓口で行う。3ヶ月程前に由宇は離婚届を提出し、嵐山龍馬は誤って婚姻届を提出した。 「こちらの手続きをお願い出来ますか」  上品な物腰の由宇は茶色枠の婚姻届を提出した。 「本当に幸薄そうな色ですよね」 「どうして婚姻届が茶色で離婚届が緑色なんだろう」 「離婚届の緑色は幸先の良い一歩を踏み出す、とか」 「では婚姻届の茶色はなんだと思いますか」 「これからの結婚生活が樹木の様に根付く、とか」 「なるほど」  婚姻届を手にした女性職員は満面の笑みで対応した。 「ご結婚おめでとうございます!」 「ありがとうございます」 心の声一同(ありがとう!全世界のみんなありがとう!)  嵐山龍馬は「身分を証明出来る物はございますか」と問い掛けられ生真面目な顔で長財布を取り出した。 「マイナンバーカードですね、お預かりします」  女性職員は席を立ち婚姻届と住所氏名を照らし合わせてコピーを取っていたが困り顔で戻って来た。 「嵐山さん、住民票ではなく戸籍謄本をご提出頂けますか」 「は、はいっ!?」 「奥様は戸籍謄本ですので問題はありません」  ハイスペックな52歳は相変わらず間が抜けていた。由宇は慌てて戸籍謄本を取得する為に東奔西走している夫の背中に失笑した。 (落ち着いて見えるのに残念すぎるわ)  由宇はこれからの人生を可愛い夫と恋をする。 了
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