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始業のチャイムが鳴った。
「はーい、始めー」
そう間延びした声での合図。小太りで背の低いマトリョーシカみたいな、中年の女性教師が次の試験監督だ。
今度の教科は英語。得意分野だ。なにしろ、私は自宅で子供英会話スクールの講師をしているのだ。留学経験もある。高校の定期試験くらい朝飯前だ。
問題を解きながらうっかり鼻歌が漏れてしまいそうになるのを堪えながら、全問解き終えると、開始してから三十分が経過したところだった。
南向きの教室の窓からはジリジリと夏を感じさせる日差しが入り込み、徐々に教室の気温が上がってきた。先程の休み時間中に誰かが窓を開けていたらしく、日差しをよけるためにしていたカーテンが呼吸するように膨らんではしぼみを繰り返している。
あぁ、学校だなぁ……。
黒板に向かい、新鮮な風を受けながらふくらむカーテンを眺めて、私は不意に懐かしい気持ちに襲われた。
全力の恋。面倒くさい女子の派閥。先生からの理不尽な説教。口うるさい親。
急にタイムスリップしたように、あの頃の記憶や感情がフラッシュバックする。
テスト時間残りニ十分弱。私は、解答用紙を裏にして机に頬杖をついていると、不意に隣の席で机に突っ伏して眠っている体格の良い男子が視界に入った。そんな彼の左の耳には、シルバーのゴツいリングピアスがキラリと光っている。
あぁ、彼が噂の前田くんね。
入学当初から、彼の話は姫花から聞いていた。クラスにとんでもないヤンキーがいると。
荒くれもので、怒らせると半殺しにされるという噂があり、誰一人として前田くんに近づく者はおらず、先生ですら校則違反や居眠りも黙認している状態だという。
実際に、寝ていた前田くんの机にぶつかってしまった男子生徒が、壁ドンされて罵られているところを、姫花は目撃してしまったと言っていたっけ……
腕の隙間から覗き見える彼の顔は、端正な顔立ちをしている。
モテそうなのになぁ……と、眺めていると、マトリョーシカ先生が突然「ギャー!」と悲鳴をあげた。
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