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 「ハ、ハチ! 蜂ぃ!」  マトリョーシカ先生は、頭を抱えながら教壇から下りて、生徒たちの机の隙間を逃げ回る。  全長三センチくらいはある蜂が、先生の後を規則性のない動きで追いかけている。  スズメバチではなさそうだけど、大きい……。  「キャッ、ヤダ!」  「ちょちょちょ……」  「ヤー」  近くの生徒たちも、蜂の動きに合わせて身をかがめている。蜂は先生や生徒たちをおちょくる様に、近寄ってみたり離れてみたりしている。  テストで静まり返っていた教室内が、蜂の乱入によってギャーギャーとパニック状態だ。  それなのに、微動だにしないで机に突っ伏したまま眠っている前田くん。ある意味すごい。  そして空気を読まない蜂は、教室内アチコチに挨拶回りをした後、あろうことか前田くんの机の角にとまった。  「あ」  クラス中の誰しもが息を呑む。そして、シンと静まり返る教室。  机の角にいた蜂が、前田くんの手の方へと動くのを認識した瞬間、私は英語の問題用紙を静かにクルクルと筒状にして、振りかぶっていた。気づいた時にはすでにその筒を振り下ろしていた。  母ちゃん舐めんな!  スパーーーン!  強度のない問題用紙の筒だが、私のフルスイングを食らった蜂は脳震盪を起こして、床にポトリと落ちた。  『おぉ〜』  クラスメイトたちが小さく感嘆の声をあげた。  私は筒にしていた問題用紙を広げて、手早く蜂をすくい上げると、窓からポイっと逃がしてやった。    ──バン!  突如、背後で机を叩く音がした。  私は大きな物音に驚き、クラスメイト達の息を呑む様子を感じて背筋に悪寒が走った。  あぁ、やってしまった!  眠れる魔王を起こしてしまった……  恐る恐る振り返ると、前田くんが眉根に皺を寄せ、鋭い視線を私に向けて仁王立ちしていた。  「あ~……ごめんねー……」  私は、顔の前で両手を合わせる。  クラス中が固唾を呑んで、私と前田くんを見つめた。  
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