黒のない世界

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 僕はミナと「ハリーポッター」を観に行った。  字幕は白いので、読めたが、ハリーたちの衣装は黒いので、どうにも違和感があった。正直言って、映画に没入できなかった。 「ねえ、わたしさ、考えたんだけど、もう一度、あの階段から落ちたら、黒が見えるようになるかもよ」  映画館の前のレストランで食事をしている時に、ミナが言った。 「まさか。そんな危ないこと、できないよ」 「だってさ、昔の映画で、神社の階段から男女が落ちて、身体が入れ替わったシーンがあったじゃない。それで、もう一度、階段から落ちたら元通りになったって。試してみる価値はあると思う」 「俺、今のままでいいと思うんだ。黒いのが見えないのは多少は不自由する。でもさ、こうやってふつうに生活できてるし、仕事だって、文字を読まない仕事に就けばいいだけのことさ」  ミナは不満そうな表情をした。 「たとえばさ、わたしとしんちゃんの間に子どもが出来たとして、生まれてくる子どもは髪だって生えてくるし、瞳は黒いわけじゃん。しんちゃんの子どもが白髪で目が空洞に見えて、愛することができるの?」 「大丈夫だよ。なんなら、子どもの髪を染めたっていい。瞳もカラーコンタクトにすればいい。何も問題はない」  どうやら、ミナはそれで納得してくれたようだ。
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