壁の向こう

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「絵梨、ちょっと話がある」 久しぶりに私のマンションを訪ねてきた妹の友梨との晩ご飯の後、ダイニングの椅子の上に体育座りをした優香が、急に真顔になると、まっすぐ見つめて尋ねてきた。 普段は私のことを“お姉ちゃん”と呼ぶ友梨が名前呼びする時は、大抵何かに怒っている時だ。 ついさっきまで久しぶりの友梨の作った手料理を二人で楽しく食べていたはずなのに、急に機嫌が悪くなったのはなんでだろう。 いや、心当たりはある。 ていうか、一つしか思い当たらない。 おそらく今日も、少し前に私が怒られたのと同じ理由で怒っているのだろう。 三つ歳下の友梨は、気が強い私と違って、普段は少しおっとりしている。 でもガサツな私と違ってしっかり者でもある。 私たち姉妹が中高生の頃、共働きの教員夫婦だった両親が仕事で遅くなるような時、それぞれの晩ご飯代として千円札を一枚ずつ置いてくれていたんだけど、塾や部活で疲れてコンビニ弁当やスナック菓子で済ませようとする私と違って、友梨はその千円札を一枚を使って食材を買い、私と自分の分の晩御飯を作ってくれた。 もちろん使わなかった千円札はきっちり母に返すつもりで。 そんな友梨は今でも、仕事の忙しさで不摂生な食事になりがちな私のために、月に一、二回ほど、私のマンションに料理を作り置きするために来てくれている。 そんな妹、友梨に何故私が説教されるハメになったのか。 田原くんと私が“人に言えない関係”になっていることがバレたから。 田原くんと付き合い始めた当初は、田原くんの素性を知らない友梨は、“ようやくお姉ちゃんにも春が来た”と喜んでくれていた。 でも数ヶ月前のある日のこと。 友梨との晩御飯の際に飲んだアルコールに当てられたのか、少し気の緩んだ私は、ついうっかり“彼氏”が妻帯者だと漏らしてしまった。 それからだ。 友梨が私に“説教”するようななったのは。 そしてやはり、今夜の不機嫌な理由も、やはり“それ”だった。
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